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「ヒミズ」

ヒミズ

ヒミズとは日不見、モグラ科の動物のことだそうだ。
ヒミズのように目立たず、ただ人並みに暮らしたいという少年の願いは、普通の両親をもたなかったことによって、無惨に破壊される。
家庭内暴力から発する不幸は、少年と少女を八方ふさがりの場所に追い込んでゆく。

園子音監督は気になってはいたが、暴力表現が私には無理そうで、『愛のむきだし』しか観ることができていなかった。
今回は若い世代が主役ということで、観に行こうと思った。
なるほど評判に違わず、染谷将太と二階堂ふみが素晴らしかった。

実際の事件から題材を得た「誰も知らない」が、主演の柳楽優弥の演技が素晴らしかっただけでなく、映画自体がよかったと思わせるものに対し、この「ヒミズ」は、主役の若い二人の演技がよかった、という印象が強い。
映画としては、わずかに何か足りないと思わせるのは、リアリティの問題かもしれない。
多くの時間を犯罪を探して彷徨っていたとしても、そんなに無差別殺人的にナイフを振り回す人間に遭遇するとは思えない。何かそういうところが、虚と雑な感じを受けてしまい、勿体無い気がした。

また、東日本大震災を受け、脚本を急遽書き換え、舞台を震災後の被災地に変えたという。
あの壮絶な破壊の後に、役者を立たせ、あれらの画を撮りたかったのだと思うが、何か成功していないように感じた。
現代の日本における暴力や不幸は、もっと日常や普通の人の心に潜んでいるような気がする。
そう。ちょうどあの「誰も知らない」のように…
ほんとうは、それが恐ろしいのだ。
震災の圧倒的に悲惨な風景や状況を盛り込むことで、焦点が拡散してしまったように感じる。

だが、震災後の今の日本に監督がメッセージを渡したかったのも、理解できる。
おそらく原作が素晴らしいのだろうと思うが、主役の二人が、原作や監督の想いに、ものすごい熱さで応えている。
染谷将太は、「嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん」から特殊な力を発揮していたが、それも、「アントキノイノチ」も、この「ヒミズ」も、暴力を受ける役で、それだけ巧いのだろうが、目をいつもとろんとさせて病的な顔ばかり見ていて切なかった。しかし、ベネチア映画祭で日本人初の新人賞ダブル受賞をした時に、普通の青年としての姿と笑顔を見て、安心する。

原作は未読であるが、原作とは映画ではラストとは変えてあるそうだ。
このラストに、監督の伝えたかった真の想いがあるのだろう。
二階堂ふみの演技の熱量が、特にこの映画の要であり、全体を牽引している。
「誰かに懸命に背中を押してもらった人間は、その後もどこまでも歩いていける」というようなことを、穂村さんが前に言っていたのを思い出していた。
私も誰かの、そのような力になりたく、「生きてゆけ」と言いたくてライブを続けている。

これは、現代日本の『罪と罰』であるだろう。
人は生きているかぎり、生き直すことができるのだ。
そして、人は人の力になることができる。

絶望の淵にある人にこそ、観てほしい。

未来を生きる

台風がいってしまうと、夜には秋の虫が鳴き出したことに気付く。まだ日中は残暑は厳しく蝉も鳴いているものの、ようやく秋に移り変わろうとしている。
久しぶりに窓を開けて、虫の音を聴きながら眠る。

今月の映画の日に、ちょうど通院で出るので、夏に動くことができなかったため、都心でしかやっていない映画や絵画展に行きたいと思って張り切って調べていたが、観たいと思う映画が、どれもヘビーなものばかりで、病み上がりの心身に堪えそうで、当日になってひるむ。
日中は、かなりの暑さになったこともあり、どうも元気が出ず、うろうろするのは止めて、やはり大人しくカフェで過ごす。
この夏は、カフェでゆっくり本を読むことが一番の贅沢だった。


私が、観ようと思っていたのは…

未来を生きる君たちへ」 暴力と憎しみ、そして、赦し。

黄色い星の子供たち」 ナチス占領下のパリ。ユダヤ人の子供達の「真実」の物語。

チェルノブイリ・ハート」 チェルノブイリ原発事故から25年の被爆者を追った。こちらも「真実」のドキュメンタリー。

こうして並べてみて分かったのだが、どれも人間の愚かしさによる暴力によって苦しむ子供達の話だった。

殴られて、殴り返さないのは難しい。
奪われ、傷つけられ、憎まずに許すことも難しい。
それでも、暴力の連鎖を止めたい。
少なくとも、自分の利権のために人を苦しめる人達をなんとかしなければ、未来はない。
もう子供達を苦しめたくない。ソマリアの飢饉も気にかかる…
どのような未来を子供たちに残すのか、人間の叡智が試されている。

しおしおと帰ると、どうしているかと思っていた、同じく夏に元気がなかった人から、いい秋にしましょう。と、気遣ってくれるメールが来ていて、とてもうれしかった。

よい秋にしましょう。

生命の回廊』3号の目次と11月3日のライブ「フォルテピアニシモ vol.7」のプログラムを同時に鋭意制作中で、くらくらしています。どうぞお楽しみに。

「バビロンの陽光」

イラク人の監督によって初めて描かれた現代のイラク。

フセイン政権が崩壊してから3週間後…

荒涼とした大地を歩き続ける男の子とその祖母。
誘拐され兵に取られた、顔も知らない父をやっと捜しに出たのだ。
ある時は刑務所に、ある時はモスクのなかで顔の崩れた死にかけの病人に、そして、集団墓地のなかを探し回る。

集団墓地とは名ばかりで、放り込んで土をかけただけなのであろう。掘り返すと土くれのなかに、ごろごろと骨が転がっている。
しかし、そのなかから、所持品などで愛する者を捜し当てた家族は、まだ幸せで、身元の判別できない遺体も多く、そうでない父を、夫を、息子、愛する者と自分の一部まで奪われた家族の痛苦の旅は続く…

荒れ果てた大地に、戦闘で破壊され、まだ銃弾の飛ぶ街中の瓦礫のなかに、そして、遺骸の埋められている土山の上に立つ女達の姿に…その度に息がつまる。

たった一人の不在と喪失がこんなにも苦しいものを、過去40年間で150万人以上が行方不明となり、300の集団墓地から何十万もの身元不明遺体が発見されている爪痕の凄まじさ…

愛する者から引き剥がされて兵とされ、自分の手で無辜の命を奪うことを強要され、そして、自らの人生も命も奪われた者達の無念さ…

これは、災害ではなく、人の意志でなされた悲劇なのだ。

映画の公式サイトのトップページから、モハメド・アルダラジー監督の日本へのメッセージをぜひ聴いてほしい。
このような過酷のなかで大きな困難を乗り越えて来た人の、今の日本への言葉が胸に響く。
震災からほぼ一ヶ月の、多くの外国人が日本に来るのを取り止めた時期に、この映画のプロモーションのために来日したようだ。みなに日本に行くのを危険だと止められたが、最もその安全を願うはずの母が、行くように勧めてくれたとの言葉に、人種や国境を越える、共通の人間の愛の強さを感じた。
それにしても、人間はなんて愚かで、かたや、その愛情は深く純粋なのだろう…

バビロンの陽光

「光のほうへ」 Submarino

舞台は、デンマーク、コペンハーゲン。

アルコール中毒の母が育児放棄した幼い弟を兄弟で育てていたが、死なれてしまう。
親の愛情を知らないで育った兄弟にとって、その弟が悲惨な状況のなかでの救いであったのだ。
最愛の者を亡くし、その自責の念もあって、どんどん道を誤ってしまう。
親からも愛されなかった者は、愛し方が分からない。また、心の傷から逃れる術を知らない。わずかに手に入れた幸せまでも、自らの手で潰してゆくようだ。

街中でもコペンハーゲンの景色が寒そうで寂しく、子供の出てくるシーンが魅力的で美しいゆえに、自滅の道を選んでゆくような兄弟の姿が、いっそう悲しい。
ほんとうは、すぐそこにある愛をうまく掴むことができない。

原題は、原作の小説と同じ「Submarino」で、潜水艦・・・?と思ったが、水中に頭を突っ込まれる刑務所内での拷問のことを表しているようだと知り、はっとする。

息ができない苦しみのなかで、束の間、水面に出されて息を吸い込むや、また水に漬けられるて、もがき、苦しみ、渇望する。
なぜそんな選択をしてゆくのかと、日本では見ているものは安全なところから歯がゆく思うかもしれないが、大きな心の傷のせいなのだ。
守られるべき親からの愛でなく、暴力の刷り込みを受けた者は、感情を暴力で発することしかできない。
暴力も悲しみも抑えて描かれているが、その極限の苦しみの大きさが、そこに残っている気がした。おそらくその苦しみはフィクションではなく、原作者にも、これに近い体験があったのではないかと感じた。

失っても、失っても、なお生きてゆかなければならない。
自分を救うことができなかった者が、人のために歩き出そうとする。
誰かが生きていることが、救いとなる。

人は孤独では生きることができず、愛による傷は、愛によってしか癒されない。
絶望の果てに、一筋の光が見えた。

「光のほうへ」Submarino

映画「わたしを離さないで」

カズオ・イシグロの名作「わたしを離さないで」の映画化作品。

ここでも感想を書いたことがあるが、本があまりにも素晴らしいので、それに優るようにあの長い本を限られた時間の映画にするのは難しいだろうが、映画としても秀作には入るだろう。
できれば、小説を読んでから映画を観たほうがよいとは思う。
それでも、イギリスの少し前の風景が美しく、空気の湿度や空気感、無言でも人物の表情に映し出される感情など、とても抑制されて表現されていた。

原作には、限定された特殊な生だからではなく、もっと人と人との、ささやかなところから起こる軋轢やすれ違いから、大切な者から互いが遠ざかってゆくさまが、とてつもなく切なかった。
映画は、もう少し救いがあるラストであった。いや、あれを救いがあるという私はおかしいのかもしれないが、ほんとうに残酷なのは、死そのものではなく、命を十全に生き切ることができなかったことや、大切な人と、どのように別れなければならないかだと思うからだ。

ほんの少しの勇気のなさや自尊心によって、素直になれなかったり、踏み出すことができなかったり、愛する人や大事なことを心から求めないまま、無為に短い人生を終わらせてしまうかもしれないことを忘れないようにしなけばならない。

ほんとうに大事なものは、ほんの少しで、私達の命は、あまりにも短い。
プロフィール

いつのえみ

Author:いつのえみ
伊津野重美 

第一歌集『紙ピアノ』
1st Album『ひかりの素足』
詩誌『生命の回廊』発行・編集。

********************

フォルテピアニシモ vol.14
 
~ Keep the holy fire
       burning ~

伊津野 重美 朗読

2016年11月3日(木・祝)
12:30 開場/13:00 開演

場所:STAR PINE'S CAFE

前売・予約¥2,500円+1drink
ペアチケット前売・予約のみ
     ¥4500+2drink
当日¥3,000円+1drink
チケット前売発売10月3日より
 前売は店頭販売かweb予約
予約アドレス
https://ssl.form-mailer.jp/fms/f7f014c8172636

STAR PINE'S CAFE
http://www.mandala.gr.jp/

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伊津野重美 1st Album 

『ひかりの素足』
歌人伊津野重美による初の朗読アルバム。
ゲストにチェリスト森重靖宗を迎えて、
宮沢賢治の童話「ひかりの素足」と
日本近代詩の抒情世界を精緻に紡ぐ。

全9曲、48分。定価 2,500+税

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「生命の回廊 vol.3
『えーえんとくちから 
  笹井宏之作品集』特集号」

2011年11月刊行

井口和泉 浦歌無子 
岸田将幸 斉藤斎藤
斉藤倫 樋口由紀子
ひろたえみ 三角みづ紀
ヤリタミサコ 夕暮マリー
伊津野重美

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