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『スマートコミュニティアンドメンタルヘルスケア』

スマートコミュニティアンドメンタルヘルスケア
作・演出:山田百次(劇団野の上) 春風舎にて

行こうと思っていた日に冷たい大雨になったり、体が辛かったりして前日まで分からない感じだったが、ようやく暖かになり、まだ階段などは歩きにくいものの、観に行くことができた。
いろいろと考えさせられて、眠ってもいないのに、帰りの駅を乗り過ごした。

今回は何か不穏な空気を感じていたが(先入観をもちたくないので、感想は読んでいない)、山田百次さんの作、演出なら間違いないだろうと思っていた。深部の神経をいろんな角度から、ざらっと触りながら、その不快感を、うまくユーモアで包んでゆく.
いつもながらこのあたりお見事…
いろんな年代層の人達が、ふつうでなく大笑いしている様子が、一緒に体験していて楽しい。
若い本書きでありながら、私が拝見した最初から、老いや地方の問題などを扱っていたので驚いたが、今回はさらに深化している。

今回も出演している友人の赤刎千久子さんは、いつもそうで感心するのだが、終了後に役者さん達が、みな静かで控えめで、冷静に話していることに気付いた。
普通はテンションがあがったりさがったりしがちなのものだ。

自分のことよりも作品を大事にしている…
これは、当たり前のようで当たり前ではない。多くは、こうではない。

役者同士、また百次さんの本への信頼と愛情が、がっちりスクラムを組み、よい作品となっている。

17日まで。

雪雄子さん「十一月の光 白鳥たちの帰ってくる」

雪雄子さんのソロ公演、「十一月の光」は、想像を超えて素晴らしかった。
平日の夜の一回だけの公演に、客席は大入り満員になり、ステージが狭くなるほどだった。

舞踏だと、わりとよく分からない展開をする人も多いが(それが悪いというわけではないが、よほど見せる力がないと、著名な舞踏家でも10分で退屈する場合が多い)、きちんと章立てというか楽章のようにされていて、それぞれが印象的であり、それで全体を構築している。文学に理解の深い雪さんならでは、かもしれない。

ベテランになると、昔の感覚だけで踊ってしまう人もいるが、雪さんは、細い体ながら、厳しい鍛錬を続けているのが分かり、それが友人として、一人の先輩の芸術家として、胸に来た。東京生まれながら、わざわざ厳しい場所に住み、どんどん自然の一部になってゆこうとしてきたのかもしれない。

衣装も照明も音楽も、よかった。
最初、アンティークドールのようなドレスだったが、着物を元にした黒く見えるドレスの時に、低く横から当てられた光で、横顔が紅く染まる時があって、はっとした。おかあさんの血のようだった。
影が、もう一人の共演者のように壁に動く。
日本の祭の音に、クラシックのピアノが詩的に重なる。
日本の近代的な良さを残しながらも、西洋的なものも取り込み、いわゆる「舞踏」に終始しない、詩的で象徴的な舞台を創っているのは、雪さんが、舞踏のおかあさんとする、大野一雄さん譲りであるだろう。

近くの湖に飛来した白鳥の声で、自らも鳥となり、十一月の夕方の微光のほうに消えてゆこうとする姿と道行きが素晴らしく美しく、ここがクライマックスで、これで終わりかと、残念に思ったが、後ろで童女姿に返り、紅い下駄で登場すると、思わず堪えていた涙が、どっと出て困った。
初めて雪さんを拝見した時も、このワンピースを着て下駄をはいた童女の姿だったように記憶している。
この姿が雪さんの起源であり、童女の孤独な一人遊びが原風景のように感じる。

後でお聞きしたところによると、お客様を現実に帰さねばならないということで、ラストは創られたそうだ。
あたたかで、チャーミング。未来につながるようなラストであった。
美しかった。



公演前には、後ろで泉鏡花の『龍潭譚』の話をしている人がいて、おや?と思うと、やはり詩人の方であった。文学関係者でないとなかなか話に出ないように思えたのだ。だが、雪さんの公演の前では、不思議でもない話題だったかもしれない。
公演後に、大野一雄さん関連の舞台を観に行くとよくお会いする詩人の方と、お話をする。
みんな「よかったー」「よかったねー」と、笑顔で興奮気味だった。
そして、そんな場で、笹井宏之さんの話も出て、訊ねられたりした。
その流れで、「僕達は、みな誰かの泉らしいよ」と、『龍潭譚』の話をしていた方にお話をされて、思わず感激する。
それは、私が、笹井さんを追悼して、作った歌であった。


  ひとはみな誰かの泉 いのち抱き露草の蒼踏みしめてゆく 
          (『生命の回廊』創刊号 2009)


読んでくださり、覚えていてくださったのだ。

そして、その方は、私が『生命の回廊』を出したことを、笹井さんの関係者でもないにも関わらず、「ありがとう」と言ってくださったこともあった。
ただ純粋に、一人の才能ある若い人を悼み、笹井さんのために、ありがとう、と…

心のある人は、どこまでも、心があり、深い。
思わず、またもや涙する。

こんな話が出るのも、ひとえに笹井さん、そして、この場を創った雪さんの力であるだろう。
力のある人達は、ジャンルを越えた人達をも集め、刺激的な場を創る。
私は、うれしかった。



楽屋を訪れると、その人は、衣装のまま両手を伸ばし、私を静かに待っていた。
思わずまた涙が出る。
やはり雪さんは、舞台から私を見ていたのだ。
しばらく、めそめそ泣くと安心して、楽屋で、どうやって着たり、どうやって畳むのか分からないような、衣装や布を畳み、撤収のお手伝いをして、楽しかった。

そして、人を大切にする雪さんの周りは、よい人達が集まっていた。
出るつもりではなかった打ち上げも、スタッフに交じって参加させていただいた。
私は楽屋の片付けだけだったが、もっと大変で遅くまでかかった、会場を片付けていた若い方々が、それが楽しかったと言っていたことにも、なんだか感動する。
最後まで、片付けも責任を負っていた人達は、遅れて打ち上げの席に入ったものを、またそこでも、人に気を配りながら、控えめにいて満足そうな笑顔だった。
私の乏しい経験でも、スタッフが楽しみ、喜んでくれている時には、その会やイベントは成功である。素晴らしかった。 

雪さんは、ご準備でお忙しかっただろうものを、このソロ公演の、わずか十日前の私の「フォルテピアニシモ」に、わざわざ青森から早めに出てきて、ご来場くださった。
その時には、雪さんが涙が止まらなかったという。
打ち上げでも、私を雪さんの姉妹や家族と思う人がいて、似ていると何回も言われた。
姿や顔は似てはいないのだが、醸し出す雰囲気は、確かに似ているようだ。
雪さんと私は、どこかで通じるところがあるのだろう。
私も、一目から他人とは思えずに、大好きになった。

前から一緒に舞台とお互いに言っていたのだが、雪さんから私と『銀河鉄道』をやりたい。生きているうちにやりましょう。と言われ、また涙する。
今度のライブでは、迷った末に、私には難しい『銀河鉄道の夜』の一部を読んでいたのだ。
住んでいる場所が遠く、私の具合が悪いことが多く、今までの私ではだめだった。やっとここまで来ることができたのかもしれない。

生きているうちに。きっときっと…

幸福でうつくしい、ひと時だった。
雪さん、ありがとうございます。

雪雄子さん舞踏公演「十一月の光」

雪雄子さんのソロ公演、「十一月の光」が東京であります。

2012年11月13日(火)6時半開場・7時開演
新宿space雑遊
■地下鉄 都営新宿線 新宿三丁目駅C5出口目の前
■JR新宿駅 東口より徒歩10分
東京都新宿区新宿3-8-8新宿O・TビルB1F
090-8846-5379

※チケットの御予約 は、メールにて、氏名、連絡先、チケット枚数を明記の上お申し込みください。
FAXでの御予約も受付ています。
※yuki.yuko.butoh@softbank.ne.jp
※FAX 0172 57 4228


雪さんは青森在住で、最近では長野も夏の拠点のひとつとされているようですが、都内でソロ公演をなさるのは珍しいので、舞踏が好きな方は、ぜひ目撃なさってください。
どろどろした舞踏も、どたんばたんの荒ぶる魂も、私は好きですが、雪さんの舞踏は、精神性が高く、静かで詩的なので、いわゆる「舞踏」が苦手な方にも、踊りとして楽しんでご覧いただけると思います。

雪さんは、詩も解する方で、都内の大きな朗読のイベントに聴きに行った時に、「あれ?なぜここに?!」と、お会いして驚いたことがありました。
その時は、詩人も小説家も、たくさんの方がご出演だったのですが、斉藤斎藤さんがよかった、思わず涙が出た。とのことで、「そうでしょう!」と、関係ないのに、私が鼻が高かったです。そして、雪さんの言葉の表現へのご理解が深いことも、同時にうれしかったのでした。

私が発行・編集している『生命の回廊』も、他のジャンルの方ですし、あまり興味はもたれないかなと思っていたのですが、きちんと読んでくださり、ご理解もいただき、それも、驚くと共に、感激でした。
そのような精神性が、雪さんの踊りを創っています。

雪さんは、普段の物腰も穏やかで、謙虚で、お人柄から素晴らしく、それでいて可愛らしく、私は一度お会いして、大好きになってしまいました。最初から、どこか他人という気がしないのです。
雪さんからも、どうもそのようで、あまりお会いしたこともないのですが、大事にしていただいています。
今月の私のライブも、遠くから公演前のお忙しいお体でいらしてくださり、感激でした。
その時に、「青森で、えみさんの声が聞こえた」と言っておられたのが、印象的でした。

私自身も、よくいわれるのですが、幼女のような老女のような、巫女のようなモノノケのような…。
表現の形式は違いますし、外見が似ているとかではありませんが、雪さんと私は、どこかで通じているのだと思います。

ずいぶん前になりますが、なんと雪さんに初めてお会いした日に、夜の横浜の路上か公園で、「えみさん朗読して。私が踊るから」と言われたのですが、その時に、驚き、畏れを感じ、朗読をするどころか、うまく声も出ませんでした。雪さんだけならまだしも、ほかに慶人さんまでいらしたのです。それは、いきなりは無理。。
ほんとうは、私に畏れや殻さえなければ、それは素晴らしい機会で得難い体験だったものを。。
そのことを、ずっと情けなく残念に思っていました。

夏や冬に、青森や長野のおうちの方に呼んでいただいても、ここ数年は特に、私の具合が悪いことが多くて行くことができず、それなので、やっと今回初めて、朗読を聴いていただくことができました。
私が成長するのに、ずいぶんと長い年月が経ってしまいました。やっと雪さんに、ご覧いただける状態になったのだと思います。

雪さんにご興味のあります方は、ホームページから、雪さんの舞踏を観ることができます。自然のなかでは特に、雪や鳥の精みたいです。

私も、お一人での長い時間の公演を拝見するのは初めてで、楽しみにしています。
東京に白鳥が降り立ちますよ。
ぜひ多くの方に、ご来場いただきますように。

森重靖宗さん復帰ソロライブ

いつも、また今度の「フォルテピアニシモ vol.8 ~ Rebirth ~」でも、ゲスト出演してくださる、チェリストの森重靖宗さんが、お名前を本名に戻し、ステージに帰ってこられました。
戻ってこられなかったら、私は今後どうしようかと途方に暮れていましたので、とてもとてもうれしいです。

お知らせいたしますのが遅くなりましたが、10月4日復帰を飾る、初めてのソロライブがあります。
私のライブでは、私の朗読にひたすら寄り添い、厳粛な僧侶のような、武士のようなストイックな音楽ですが、時には雄弁に、時にはアグレッシブなノイズや、またピアノ演奏まで、世界が多面体で豊かです。

このライブでは、ヴォーカルも入るようで、それが、どうも、おかしい(?)ようで、なぜか私が来るのを恥ずかしがっておられましたが、どのようなステージになるのでしょうか…
私のライブでも、ファンの多い森重さんのソロ、私は、あいにくお祝いに伺うことができなく残念なのですが、ご都合のつかれることは、ぜひお運びになっていただけますと、うれしいです。

その後も、たくさんのステージがあります。
詳しくは、森重さんのホームページをご覧ください。

私も、森重さんとご一緒するのは2年ぶりで、とてもうれしく、練習をしています。


10/4 (thu) 2012 / 19:00 open 19:30 start

渋谷 / shibuya, tokyo
公園通りクラシックス
http://www.radio-zipangu.com/koendori/index.php
東京都渋谷区宇田川町19-5東京山手教会B1 / tel 03-3464-2701(hall) 03-3423-6343 (office) / B1, 19-5, udagawacho, shibuya-ku, tokyo

solo
森重靖宗 / morishige yasumune (cello, vocal)

予約2,500円 当日3,000円 + drink order 

木下晋 ―祈りの心―

木下晋の世界展 ―祈りの心―
昼には家族がいる病院へ行かなければならないので、朝いちばんに駆け込んだために静かだった。

鉛筆のモノクロームにより、独自の迫力あるリアリズムを追求し、観る者の心を鷲づかみにするような肉迫となっている。
娘や確執のあった母でさえも、肉親への愛情などを越えて人間存在へ斬り込むように、対象へ容赦なく辛辣に迫りながら、また、モデルへの、生への、畏敬の念さえ、感じさせる。
老母と、元ハンセン病患者である詩人、桜井哲夫を写した作品群が、なかでも圧巻であった。

故郷を失い、手指や目を失いながら、自身に清く降り立っている桜井の合掌図には、特に胸を打たれた。
東日本大震災以後、人としてどのように生き、表現者として何を残してゆけばいいのか、ずっと自分に問うて来た。これは、一人の表現者の、一つの「解」である。

瞽女やハンセン病患者など、社会から追いやられて来た者を対象にし、深く心を交わし、食い込むように表現する木下には、何か自らの痛みや闇に通じるものがあるのだろうと思っていたが、作者の歩んできた人生もまた、凄まじいものであった。
3歳で家の火事、貧困、弟の餓死、家族の離散、父の事故死…
中卒で、文字通り筆一本の力で、道を拓いて来た。
また、二十代に所帯をもつとすぐに、自分を捨てた母を引き取ってまでいる。

この筆致と、辿り着いた境涯は、過酷な運命と向かい合い、長年苦しみながら、人間のことを突き詰め、愛憎や恩讐や絶望を越えて、ようやく至った祈りであるのであろう。

平塚美術館は都心からは遠いが、鎌倉で紫陽花でも観た帰りにでも、寄ってほしい。
美術館併設のレストランも、オーガニックな食材でうれしい。
展示は平塚の後、9月に足利市立美術館へ回るらしい。
ぜひ多くの方に…。
プロフィール

いつのえみ

Author:いつのえみ
伊津野重美 

第一歌集『紙ピアノ』
1st Album『ひかりの素足』
詩誌『生命の回廊』発行・編集。

********************

フォルテピアニシモ vol.14
 
~ Keep the holy fire
       burning ~

伊津野 重美 朗読

2016年11月3日(木・祝)
12:30 開場/13:00 開演

場所:STAR PINE'S CAFE

前売・予約¥2,500円+1drink
ペアチケット前売・予約のみ
     ¥4500+2drink
当日¥3,000円+1drink
チケット前売発売10月3日より
 前売は店頭販売かweb予約
予約アドレス
https://ssl.form-mailer.jp/fms/f7f014c8172636

STAR PINE'S CAFE
http://www.mandala.gr.jp/

**********************

伊津野重美 1st Album 

『ひかりの素足』
歌人伊津野重美による初の朗読アルバム。
ゲストにチェリスト森重靖宗を迎えて、
宮沢賢治の童話「ひかりの素足」と
日本近代詩の抒情世界を精緻に紡ぐ。

全9曲、48分。定価 2,500+税

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「生命の回廊 vol.3
『えーえんとくちから 
  笹井宏之作品集』特集号」

2011年11月刊行

井口和泉 浦歌無子 
岸田将幸 斉藤斎藤
斉藤倫 樋口由紀子
ひろたえみ 三角みづ紀
ヤリタミサコ 夕暮マリー
伊津野重美

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