スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「許すことない」

舞台が始まる時に、沁み入るように明かりが消えてゆく瞬間が好きだ。
そして、その暗転の後に舞台が明るくなると、その人は六年の時を越えて、最前列の、わざと中央を外して一番隅に座っていた私の、すぐ目の前に立っていた。

だが、私は、それが友人だという考えを打ち消し、他の出演者を確かめる。全く違う。
舞台上には三人しかいない。女性は二人だけだ。それでは、友人は演出だけなのか?と思ったが、どうもこの人しかいない。だが、まるで別人だ。しかし、この独特な細いウエストと、多く硬そうな髪質に見覚えがある。
目の前の人が完全に、友人だと確信するまで、ステージの半分くらいまでかかった。

歳月や鍛錬が、人を削ぎ落とし、こんなにも顔や存在感や精神までも変えるものであろうか…
 
前に会っていた時は、私達はまだ確固とした表現者とはいえず、お互いに壊れやすい心身を持て余していた、ざらざらとした生の卵だった。
今では、その人は、熱の試練を通過して変成し、しかも殻が取れた剥き卵のように、つるつると剥き出しで、毅然とした美しさと完成形のフォルムをもち、感嘆する。
そこまでなるのには、どんなに苦しい試練に身を焼き、心身の鍛錬や皮剥ぎの苦しみを経てきたことかと思わず涙が出た。

誰のものよりも、私の舞台での歩行が好きだと言ってくれた人の、美しい歩行を見て、涙がまた出た。これは、道行きになっている。 
私の舞台での歩行は、何の訓練も受けていない、ただ私の歩行であるが、私は体の悪さや軽い視線恐怖症などの力が加わり、ただ人前に立つこと自体に、ある種の抵抗を生み、独特のものになるようである。
彼女の歩行は、舞踏のものにアレンジが加わった彼女のものだった。ただ、そこに立つこと、歩むことで、見せられる力をもつ者は少ない。

噂には聞いていたが、劇場「バビロンの流れのほとりにて」は、かなり不便なところにあり、その名のとおりに、どこか最果て感が漂い、路地を探している時は、はるばる来たことを少し後悔しかかった。
しかし、清潔で、とてもよい劇場だった。大切にされていることが分かる。そして、スタッフもみな気持ちがよかった。
会場に着くと、受付には私の名前が一番前に書いてあって、それは、単に招待者で伊津野という名前が五十音で早いだけだろうが、体調が悪く行くことができるか分からないと伝えていたものを、彼女の気持ちが伝わってくるようだった。彼女が苦しかった時に、私の歌集を送ったら、そのお礼をしたいと言ってくれたが、それは断っていた。忘れずに時を経て、自分の表現によって返してくれたのだ。それは、何よりのお返しだった。

彼女の内圧の高さが、静かに舞台を牽引していた。
なぜ私の前に彼女が戻ってくるのに、六年かかったのか分かった気がした。
動かないアーティストとなって初めて、自信と矜持をもち、その姿を現すことができたのだろう。
そして、当時、私の表現が、自分を救ってくれたと言って、いま弱っている私を今度は力づけてくれる。

彼女の経てきた苦しみが、今のこの内圧の高さと表現することの必然を生み出す源になったのだ。
舞台も、異質なものをまとめあげる最後の力は欠き、まだ未完成感は残るものの、象徴性の高く、質の高い素晴らしいものだった。
細かく分けるならば舞踏の一種であろうが、コンテンポラリーにも通じる、新しい舞台だった。
その新しさゆえに、試練も酷評も、なおさら受けるだろう。

舞台美術もシンプルだが、面白かった。光を入れた白い長方形の箱が三つ配置され、同じく白い布で結ばれていて、それらは舞台上の三人の関係性のように、ある時は寄り添い、もつれ、別れ、あるいは孤立した三つの命として灯る。
人間は愛おしく、切なく、愚かしい存在である。
隅に座っていたために、舞台前の白い止まり木のようなものに最後の三人並んだ表情が見えなかったことが残念だった。

アベル コエリョー作 「許すことない Nothing to forgive」 日本初公演

許すことは、私の生涯のテーマである。

帰りにまた細い商店街を抜けながら、「愛している人が、最も自分を傷つける」という誰かの言葉が、どこからか浮かんだ。
愛ゆえに人は傷つき、別れに苦しむ。いっそ何も、誰も、愛さないほうが、平穏ですらあるのに…
けれども、人は、私は、愛情に縛られ、嘘や裏切りや暴力や喪失に苦しむ。
愚かにも愛し、誤ち、怒っても、憎んでも、おそらくそれでいいのだ。
それが、人間であることなのだから。
ただ、その後に、お互いに許し合うことができたら、もっといい。
私が完全には、許すことができないでいる人のことを思った。
その人を許し、その人と私自身を助け出したい。

行くことができるか我が身が危ぶまれたが、行かなければいけないと思って、頑張って行った。友人にも、私にとっても大事な舞台だった。観ることができて、ほんとうによかった。

友人のお祝いのため二日続けての夜の外出で、またヘルペスに逆戻りする…
だが、心は友人達の素晴らしい表現と頑張りによって、大きく勇気付けられた。
プロフィール

いつのえみ

Author:いつのえみ
伊津野重美 

第一歌集『紙ピアノ』
1st Album『ひかりの素足』
詩誌『生命の回廊』発行・編集。

********************

フォルテピアニシモ vol.14
 
~ Keep the holy fire
       burning ~

伊津野 重美 朗読

2016年11月3日(木・祝)
12:30 開場/13:00 開演

場所:STAR PINE'S CAFE

前売・予約¥2,500円+1drink
ペアチケット前売・予約のみ
     ¥4500+2drink
当日¥3,000円+1drink
チケット前売発売10月3日より
 前売は店頭販売かweb予約
予約アドレス
https://ssl.form-mailer.jp/fms/f7f014c8172636

STAR PINE'S CAFE
http://www.mandala.gr.jp/

**********************

伊津野重美 1st Album 

『ひかりの素足』
歌人伊津野重美による初の朗読アルバム。
ゲストにチェリスト森重靖宗を迎えて、
宮沢賢治の童話「ひかりの素足」と
日本近代詩の抒情世界を精緻に紡ぐ。

全9曲、48分。定価 2,500+税

**********************

「生命の回廊 vol.3
『えーえんとくちから 
  笹井宏之作品集』特集号」

2011年11月刊行

井口和泉 浦歌無子 
岸田将幸 斉藤斎藤
斉藤倫 樋口由紀子
ひろたえみ 三角みづ紀
ヤリタミサコ 夕暮マリー
伊津野重美

最近の記事
カレンダー
06 | 2017/07 | 08
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
カテゴリー
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク
ブログ内検索
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。