WILL 2

絶不調は、どうやら越えることができたらしいものの、いつも以上に朦朧とした頭と目眩する体に鞭打って、なんとか日常に戻ろうとするが体が弱ると脳も弱り、今までにないようなミスを続けてしてしまい、どうかしている。
特に人に対して失礼なことになってしまうようなことは、申し訳なく情けない。

動けなくなるといけないので寝込むほどではない限り、リハビリは余程でないと続けていたが、止まっていた通院をよろよろと始める。何科も回らなければいけないところがあるが、何かあると、どうしてもしなくてはいけないことをこなしていくだけで精一杯で、その他のことは止まってしまい、緊急性のない科への通院は、後回しになってしまう。

昨年晩秋のライブと、年末の『ataraxia』の出版、そして、前のライブの疲労が癒えないうちに、いつもより早いサイクルでの、『ataraxia』の出版記念ライブへと続き、ヘトヘトだったので秋から病院に行っていないかと思っていたが、行くことを止めていた3つの科へは夏から行っていなかった。
ぱったり止まってしまった夏には、何があったのだったかと思い返すと、刊行準備はもともとしていたものの、その頃から、いよいよ出版へ向けて出版社での打ち合わせが入り始めた時期だった。
私は田舎に住んでいるので、都内での打ち合わせは、最低で往復3時間、場所や時間によっては4時間以上になることも少なくなく、夜の打ち合わせの時には、帰宅は深夜を越える。短時間の打ち合わせであっても、私の体には、ただ行って帰ってくるだけが、なかなか大仕事で、翌日は使いものにならない。よくもってくれた。

そんななか、5月に亡くなった祖父の初めての法要の準備も重なり、私なりの完全な日常復帰には、まだ遠い。
人の死後の法事関係は、遺された者の心の区切りをつけてゆくための儀式でもあるのだろう。悲しみに沈んでばかりもいられず、日常以上の日常に追い立てられ、一つ終えるごとに一つ区切りを付け、一つずつ責任を果たして、悔恨の思いの荷を減らしてゆく。
遠隔地からの老々介護となった両親のサポートを、半日をずっと起きていられない十分の一人前くらいの私がしているので、ぼろぼろである。

本多孝好の『WILL』は、たくさんの死や遺族と死者のエピソードを経験しながら、十代の時に突然の両親の死を十年以上を経て、世界へ回帰してくる女性の物語だった。
ひとりぼっちになったと思っていたのは違ったのだ。いつもたくさんの手が差し伸べられていて、見ようとしていないのは、心を閉ざしていた自分自身だったと気づく。そのなかに差し伸べられた手には、逝った者の手も含まれていたのだ。
冒頭と最後では、「私」の遺骨への、そして、死への意識が変わる。

私は、死者の骨を拾わされるのは、残酷な風習だと思っていた。
死なれるのは、失うことだと思っていた。けれども、そうではないのだ。
私もいくつかの死を経て、この主人公の未来という名をもつ女性のように、骨は、遺される者のために、敢えて残されたものだと、遺された者は、亡き者の愛に包まれているのだということを体感的に知った。

私は、作品以外の何も残したくなかった。作品以外の自分の言葉を、なるべく消してしまうのも、手紙を書きたくないのも、作品以外の写真を撮られたくないのも、自分を残す嫌悪であった。けれども、生きているかぎり、どうしても残ってしまう。
だったら、残せばいいのだ。
醜悪も何もかも。そのまま。試行錯誤も過ちも、生きた証なのだ。

キリスト教文化では、魂が帰ってしまった肉体は、あまり重きをおかれないことが多いようだ。けれども、日本人は、遺骨や遺髪を大事にする。
両親は、私の飼っていた文鳥の羽根を食器なども入っているサイドボードに入れて飾っていた。わけではなく、いとおしんで残していた。

骨を拾うというのは、実は優しい愛情に満ちた風習で、骨を拾ってくれというのは、愛の言葉だったのだなあ。私は、まだ子供で、大切なものを亡くしたのは今まで文鳥しかなかったので、分からなかったのだ。
そういえば、一度それに近いことを言われたことがある。れいこさんにだけど…
私が、よれよれになっていて、もういつまでもつか分からないと気弱なことを言った時に
「だめだよ。先に逝ったら。のえみは、私の骨を拾わなければいけないんだからね。」

・・・そうなのか?
それは、ともかくも、骨を拾うのも拾われるのも、懸命に生きた後の話だ。

生きましょう。



 いっそすべて燃やしてしまえばいいのに。
 いつもの感想が頭に浮かんだ。焼き場では、遺族が骨を拾えるよう、適度に温度を調節しながら遺体を焼く。その遺族に対する心遣いが、いつも私にいたたまれない思いを宿す。その骨は死者の思いが形となって残ったもののように思えてしまう。いっそすべて燃やしてしまえば、死者の思いは余すところなくすべて空に吸い上げてもらえるのではないだろうか。私にはそんな風に感じられてしまう。  p12



「お骨を拾ってください」
 竹井が静かに言った。
 私は目を閉じた。思い出せるだけのすべてを思い起こした。すべての言葉。すべての表情。すべての動き。すべての情景。分け隔てられない曖昧な記憶が頭の中で渦になった。巡る巡る渦が動きを止めることはなかった。
 ああ、と私は思った。
 残せばいいのだ、と私は気づいた。燃え尽きることのない思いはこの世に留めて、この世に残ったものがしっかりと拾えばいい。 p316
(本多孝好 『WILL』 集英社)
プロフィール

いつのえみ

Author:いつのえみ
伊津野重美 

第一歌集『紙ピアノ』
1st Album『ひかりの素足』
詩誌『生命の回廊』発行・編集。

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立春ポエトリーリーディングライブ

2月3日(土)下北沢lete
ナマステ楽団
(末森英機+
ディネーシュ・チャンドラ・ディヨンディ)
+伊津野重美

Open 14:00 / Start 14:30
Charge 予約 ¥2,000 + drink
当日 ¥2,300 + drink

チケット予約  
http://www.l-ete.jp/live/1802.html#d03

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伊津野重美 1st Album 

『ひかりの素足』
歌人伊津野重美による初の朗読アルバム。
ゲストにチェリスト森重靖宗を迎えて、
宮沢賢治の童話「ひかりの素足」と
日本近代詩の抒情世界を精緻に紡ぐ。

全9曲、48分。定価 2,500+税

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「生命の回廊 vol.3
『えーえんとくちから 
  笹井宏之作品集』特集号」

2011年11月刊行

井口和泉 浦歌無子 
岸田将幸 斉藤斎藤
斉藤倫 樋口由紀子
ひろたえみ 三角みづ紀
ヤリタミサコ 夕暮マリー
伊津野重美

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