澁澤龍彦回顧展2008-06-08 Sun 12:34
「澁澤龍彦回顧展 ここちよいサロン」は、よい展示だった。
ぼけぼけしている間に、気が付くと終了日が間近になっていた。ひろえみちゃんに教えてもらっていなかったら、見逃すところだった。最近また一層皮膚や爪が弱り、顔や、靴を履くと足が痛い。 澁澤自体が、特に好きな訳ではないのだが、この辺の交流・影響関係に関心があったので、確認しておきたかったのである。一時間で足りるかと思ったら、予想以上にボリュームがあり、時間が足りず閉館過ぎてからも粘っていて最後の一人になってしまった。 高橋睦郎のインタビューや土方巽の通夜の映像まで流れていた。 手紙や写真などで、作品や芸術家同士の出会い、交流、共同作業、サド裁判の経緯や文人達の反応、三島由紀夫の自死の波紋や晩年になっての初受賞…文学の現場が動いている感じにわくわくした。 池田満寿夫の手紙は、さすが格好よい。 コクトー、埴谷雄高、遠藤周作、三島由起夫、吉岡実、高橋睦郎、白石かずこといった書き手だけでなく、舞踏家の土方巽、劇作家で演出家で役者の唐十郎、人形作家の四谷シモン、写真家の細江英公などの交流も興味深い。単に親しい友人とか、作家仲間として刺激を与え合っていたというところを越えた結びつきを感じた。 なかでも、ジャンルを越えてゆく者、池田満寿夫、土方巽、唐十郎、四谷シモンとの交流は、うなずけるものがあった。 副題の「ここちよいサロン」とは、どうだろうかと思っていたが、見ると納得するものがあった。 よい人は、よい人を集める。力のある者は、力のある者を… 土方巽がカリスマ的な強烈な存在でアスベスト館という芸術交流の磁場をつくり、死後そのような場所がなくなっているのではないかと漠然と感じていたが、澁澤龍彦も、自身が優れた表現者であるだけでなく、文学・美術・舞台芸術などを統合して理解し、愛し、まだ評価が定まっていない才能を見抜く鑑識眼をもち、自分自身が人を集める場になっていたというのは、当たっているだろう。 同年生まれの土方巽を見送った時の澁澤の弔辞は、その翌年逝った澁澤自身への弔辞と、同じ並びの陳列ケースに入っていて感慨深かった。それを書いた池田満寿夫は、三島の自死の時には、その動揺を記した手紙を澁澤に送っていた。そして、その池田も既に鬼籍に入っている。 人をどうやって見送り、またどのように人を残してゆけばよいのか、最近ずっと考えていた。 人を失うことに、方法なんてないのだ。それぞれが、それぞれの悲しみを悲しみ、苦しむしかない。 ここに来て、こんな当たり前のことが分かった。 ローズガーデンを抜けて、港が見える丘公園でひとしきり梅雨の晴れ間の風に吹かれる。 ハンカチのような、やまぼうしの花が咲いているのに気付いた。 私は、ルーチーンワークと闘病だけでいつも疲れ、最近は特に頑張れなくなっていた。私は、まだ何もしていないに等しい。 もっと仕事をしよう。
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