【短歌の祈り/詩の言葉】メインスタッフ和泉僚子さんの日記 2

「短歌の祈り/詩の言葉」感想にかえて

自分の認識をはるかに超えたものに出くわした時、とりあえず浮かんくる感情は「怖い」ではなかろうか? N・シャマラン監督の「ヴィレッヂ」で冒頭からすぐ、思いっきり出し惜しみせず「森の赤い生き物」が表れたとき、私は相当に怖かった。作りは稚拙なのにとても怖いのだ。それがなんだかまったく分からないから。
(そりゃあプレデターだって怖かったけど、「ヴィレッヂ」の方が怖かった。プレデターだとエイリアンに近く、あのメタリックでセンサーなんか搭載している宇宙人とかいう設定が、私の中にインプンティングされていたからか?かたや「ヴィレッヂ」のそれって子供が竹箒で作ったお化けみたいで、ほんに稚拙なんだけど怖いのだ、私には)

恐怖の話から始めてしまった。
あの日、伊津野さんの瞬間にマックスとなる重低音を拾いきれず、マイクのアンプは情けない音を立て続けていた。私を客席から隔てる衝立が倒れそうでもあり(あくまでも心象イメージなのだが)、なにかそれは荒れ狂う吹雪の中、押しつぶされそうな山小屋で震えている錯覚に襲われた。怖かった。板東真砂子の小説にこのような場面はなかっただろうか。
そして、なんというか、たぶん巨神兵が暴れたらこんなのかもと、ぼんやり思った。
吼えているのは、あれは人間ではありません。あれは・・・・・・。


それでも徐々に巨神兵の咆吼に慣れて、彼女の放つ言葉が見えだすと、
またそこで私は新たな体験をすることとなる。
朗読のⅡ部は白秋や藤村など、近代詩歌の名作が読まれた。
なじみのある作品だから引き込まれやすかったのだろう。
朗読とは機械的に分かりやすく読めばよいというものではなく
発する人間の解釈を通して再現されるものである。
伊津野さんはよく「巫女的」と称されるだろうが、私はその言葉が
彼女の個性を軽んじているようで、実はあまり好きではない。
だが彼女が再生する言葉は繊細でありながらも、神の怒りとでもいえそうな
何か人智を超えた大きな力に満ちているので、これは到底個人の力ではなく
何か背後の大きなものを媒体となりおろしているのだ、と思えてしまう。
そう思ったが楽だからなのですが。


それは唐突に読まれた。
宮沢賢治の「永訣の朝」。
「じゅんさい」「アイスクリーム」というよく知った詩の中の言葉が飛んでくるが、
降ってきたそばから単語の意味は消えていく。
消えていくというのか、私が今まで知っていた意味なんか瞬時に消えてしまうような、
清新な重厚な意味が襲ってきたのだ。
言葉の飛び去った後に残ったのは、作品の愚直なまでのまっすぐさ、
あまりに無力すぎて強さにまで反転しそうな、愚直さのトレースである。いや、トレースですらなく、残骸だったかもしれない。
はたしてそれは賢治が書こうとしたものであろうか。伊津野さんが朗読をとおし、私たちに見せた光景かもしれないのだ。そんなことを思いつつも、私は「永訣の朝」に
(ああ、ほんたうにどこまでもでどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか)と震え、
(あのさそりのやうにみんなの幸のためならば僕のからだなんか百ぺん灼いてもかまはない)とつぶやくジョバンニの、いかにまっすぐで無防備であることかを思いだし、そこに重ねて見ていた。
繰り返すけど、それは賢治が作品に書こうと意図したものでないかもしれない。
伊津野さんの読みであり、読みでないかもしれない。
言葉そのものが持っていた世界がそこに抽出されて展開されたものかも、
あるいは私の頭のなかでだけ起こった化学反応かもしれない。
その複合物すべてが、彼女の朗読でまきおこされたものだった。



そして「れいこ」。
あの日はこの作品が伊津野さんの詩であるとは知りませんでした。
ここからは作者である伊津野さんに向かって感想のようなものを
書いてみます。





この世の最後の深呼吸が、どうか哀しいものではありませんように。というあの詩。
「永訣の朝」が感情の乱気流の中にいたのだとすると、
「れいこ」は仄白い、静かな湖の底にいるようでした。
静かで少し明るいそこにたどり着くまでに、あなたはどんな経験をしたのだろう。

痛みや哀しみ。苦しみ。
人間の暗部を書けば良い作品になるのかとは、単純に思いたくありません。
ただこんなにも悲しいものが、濾過され、
静かに優しくあたたかなものへ変化した様を私はあの日、目撃しました。
経験したことに対する自己憐憫なんか微塵もなかった。
自らを読みながら、あの「れいこ」は、ひたすらに人へ向けられた、
人を愛そうとした詩でありましたね。
世の中にはこんな思いがあるのだということを体験して
私は泣くことしかできませんでした。


あの体験を一言でいうならば、私には「脱皮」でした。
自分のペースで脱ぎかかっていたものを無理矢理剥がされたようでもあり
未だにひりひりと痛み、思い出しては涙が出そうになります。
しかしそれは素晴らしい体験でした。

今度お会いするときには、もう少し落ち着いて体感したいと思っています。
けれどまた木っ端微塵に吹っ飛ばされるのも快感かと、
性懲りもなく思えるくらいに快復しました。

寒くなります。お体ご自愛ください。
またお会いできる日を楽しみにしております。
プロフィール

いつのえみ

Author:いつのえみ
伊津野重美 

第一歌集『紙ピアノ』
1st Album『ひかりの素足』
詩誌『生命の回廊』発行・編集。

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フォルテピアニシモ vol.15
 
~ All can sing ~

http://paperpiano.la.coocan.jp/sing%20html.html

伊津野 重美 朗読

2017年11月3日(金・祝)
12:30 開場/13:00 開演

場所:STAR PINE'S CAFE

前売・予約¥2,500円+1drink
ペアチケット前売・予約のみ
     ¥4500+2drink
当日¥3,000円+1drink
チケット前売発売10月3日より
 前売は店頭販売かweb予約
予約アドレス
https://ssl.form-mailer.jp/fms/f7f014c8172636

STAR PINE'S CAFE
http://www.mandala.gr.jp/

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伊津野重美 1st Album 

『ひかりの素足』
歌人伊津野重美による初の朗読アルバム。
ゲストにチェリスト森重靖宗を迎えて、
宮沢賢治の童話「ひかりの素足」と
日本近代詩の抒情世界を精緻に紡ぐ。

全9曲、48分。定価 2,500+税

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「生命の回廊 vol.3
『えーえんとくちから 
  笹井宏之作品集』特集号」

2011年11月刊行

井口和泉 浦歌無子 
岸田将幸 斉藤斎藤
斉藤倫 樋口由紀子
ひろたえみ 三角みづ紀
ヤリタミサコ 夕暮マリー
伊津野重美

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