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「生命の回廊 vol.3 『えーえんとくちから 笹井宏之作品集』特集号」感謝
昨年中に書き上げたかった「生命の回廊 vol.3 『えーえんとくちから 笹井宏之作品集』特集号」のご執筆者紹介を、休み休みしながら、なんとか最後まで書くことができました。
ご自分のところで、何か不快なところがありましたら、我慢せずにお教えください。

「生命の回廊」は小誌ではありますが、よく特別な雑誌になっていると言っていただくことがあり、親バカですが私もそう思っています。
これは、ひとえにご執筆者の力によるものです。
このご紹介の一連をお読みいただけますと、ご執筆者と私の結びつきや、私が如何にみなさんを信頼し、愛しているかお分かりになっていただけると思います。ただし、一方的な愛もあります。。
実際に親しい友人であっても、仲良しこよしの仲間内の狎れ合ったものではなく、人として表現者として、敬愛する方々ばかりです。
そして、ご執筆者も、ただ出した、というのではなく、この「生命の回廊」をめがけ、ここならではの、作品や文章を寄せていただいたように感じています。

3年間、笹井さんと、その喪失に、私なりに必死に向かい合ってきました。
そのやり方が、乱暴に感じた方もいらっしゃると思います。それは、たいへん申し訳なく思いますが、私はこのようなやり方しかできませんでした。
また、私なりの精一杯は尽くしたつもりですが、体力や気力が続かず、頭や心が及ばずに、ご執筆者のみなさまには、たくさんご心配やご迷惑をおかけしました。
本来でしたら、人様の作品をお預かりできる状態ではないのですが、みなさまのご協力により、目標としていた3号まで、なんとか無事に完走でき、たいへんうれしく、また安堵しました。
この苦しい時期に、言葉を交わし、ご一緒に仕事をさせていただき、みなさまと出会い直すことができましたことも、私の喜びで、支えにもなりました。
ほんとうにありがとうございました。
また、お辛いなか、快く全てを許してご協力くださった、笹井さんのご家族のみなさまにも、御礼を申し上げます。
この「生命の回廊」に今まで関わってくださったすべてのみなさまに、心より感謝いたします。
そして、笹井宏之さん、たくさんの宝物を私たちにありがとうございます。


生命3書影小



現在、笹井さんのサイト〈些細〉は、お父様で碗琴奏者でもあられます筒井孝司様の手によって、運営をされています。笹井さんについての情報は、こちらでご覧ください。
何か笹井さんについての、どこどこに載ったよ、などというような新しい情報は、こちらでお伝えすると喜ばれると思います。

本日の佐賀新聞において笹井宏之さんの特集が、大きく組まれているそうです。
2部の1べージ一面と見開きの真ん中両面にかけて、短歌も写真もたくさん入っているそうです。
この連載は、毎週10回続くそうです。入手できます方は、ぜひご覧ください。

今日は、笹井宏之さんのご命日です。
ここでまた、笹井さんの短歌がやさしく降っています。

* #sasai0124

笹井さんの言葉が、どうかたくさんの人に読まれますように。
どこまでもどこまでも届きますように…。
そして、悲しい時うれしい時に、私たちのそばに詩歌や人のぬくもりがありますように。



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笹井宏之 Hiroyuki SASAI  1982/8/1 - 2009/1/24

未来短歌会所属  第4回歌葉新人賞受賞 
歌集『ひとさらい』『てんとろり』(書肆侃侃房)
『えーえんとくちから 笹井宏之作品集』(parco出版)
http://sasai.blog27.fc2.com/
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「生命の回廊 vol.3」ご執筆者紹介 斉藤 倫さん
斉藤倫さんには、ただお一人だけ、創刊号から3号まで、すべてご参加いただきました。

笹井さんの詩性に最も近い人…と思ってはいましたが、卓越した作者は、いつもこちらの予想を遥かに越えてきます。
創刊号では追悼の詩と笹井さんへの言葉、2号では、なんと初の短歌の連作を出され、驚きました。そのほかにも、詩手帖にも笹井さんの作品について書かれ、『えーえんとくちから 笹井宏之作品集』では編集委員となり、笹井さんのために、なんだか獅子奮迅に立ち働き、闘い続けてくださったように感じていました。
お忙しいなかをこれ以上のお願いしてもよいものか迷いましたが、この号では、詩をいただき、「笹井宏之Twitter歌集『#sasai0124』」をまとめてくださいました。
ご無理をかけてしまいましたが、笹井さんがどんなに喜んでいるかと思うと、続いてのご参加が私もとてもとてもうれしいです。

この「生命の回廊」では、みなさん謙虚で清廉のあまり、大変シャイな方が多く、自分が何かよい行いをしたとしても、むしろそのことを触れられたくない方々ばかりなので、迷いながら書いてきました。
倫さんは特にそのような傾向があるように思われますが、みなさまのしてくださったことを、ほんの少しだけ書かせていただきました。
どうかお許しいただければと願っています。

笹井宏之さんは、3年前の今日、1月24日の朝、大雪のなかを旅立ってゆかれました。
そうして迎えた一周忌の前に、倫さんからtwitter上でハッシュタグを組み、笹井さんの歌をご命日前後に流さないかというお話がありました。アナログでよく分からなかった私は、それを機にtwitterに入ったのです。

一昨年の一周忌には、ご家族により有田で開かれた笹井さんの「追悼コンサート」の会場で、隣に座っておられた倫さんの携帯から、この『#sasai0124』を見せていただきました。その画面には、見ている間にも、どんどん笹井さんの歌が、雪のように降ってくるのです。
それは、とても美しい光景でした。
笹井さんが、こんなにもたくさんの人に愛され、悼まれている。。
しかも、倫さんは有田での滞在時間が、コンサートを含め、数時間しかない…というわずか時間を縫って、笹井さんのもとに駆けつけてくださったのです。私が、その状況だったら、まず諦めます。充分知っていたつもりでしたが、なんて心のある方なんだろうと、改めて感じ入りました。

その時のTwitterに溢れたみなさんの思い、笹井さんの短歌を、今号ではまとめてみては、という案をせっかくいただいたものを、うまくまとめることができずに諦めていたのですが、倫さんがご自分でまとめてくださいました。私の力や考えが足りずに、お手間をおかけし、申し訳ありませんでした。ありがとうございました。

紙面の都合で、小さい文字でしか載せることができなく、どうかと心配に思っていましたが、この笹井さんのTwitter歌集がよかったと言ってくださる方もいて、ほっとしました。ヤリタミサコさんからも、「聖書みたい」と言っていただき、感激です。

歌人も詩人も、そして、一般の方々まで、こんなに多くの人が、一人の若い歌人のことを偲び、その短歌を一挙に書いているということは、今までなかったことに思われます。
笹井さんは、改めて凄い人だなと感じました。
この、仕事に向かうバスや電車のなかでも、寝ている病院のベッドのなかでも、携帯電話からでも誰でもいつでもどこからでも参加でき、読むことのできるTwitter歌集は、起きてパソコンに向かうことも辛い日々も多かった笹井さんには、とても似合ったツールであるように思われます。
けれども、それは世界に広がってもゆくことができるのです。

そして、この流れの源をつくり、それをみなさんにこのような形で示し、残してくださった、斉藤倫さんのお力も何より大きいです。
このTwitter歌集によってTwitter上で、笹井さんのことを初めて知ったという方も少なくないことも、ありがたくうれしいです。

この「生命の回廊」を通して、『えーえんとくちから 笹井宏之作品集』(parco出版)に、思いがけずに編集委員として選んでいただき、笹井さんのために力を合わせて、ご一緒に仕事ができたことも、私には大きな悲しみのなかにも、かけがえのない幸福なことでありました。

仕事も責めも一人で負うつもりでありましたが、弱く、惑いがちな私をいつも勇気付け、進むべき方向を指し示しながら、3年間をずっと伴走していただいたことを深く感謝しています。



 先割れスプーンよ
 もっともっと割れろ
 花のように
 滝のように
 それがお前の笑い方なのだ
 じぶんでも知らない
 たつまきのような気持ち
 いつだってかくしてきた
 その思い
 泣いている子より けっして
 泣かなかった子のほうが泣いているって
 きみは知っているから

  (斉藤 倫「先割れスプーンに」より 『生命の回廊 vol.3』)

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斉藤 倫 Rin SAITO

詩集『手をふる 手をふる』(あざみ書房)
『オルペウス オルペウス』『さよなら、柩』(思潮社)
『本当は記号になってしまいたい』(私家版)
絵本『いぬはなく』(絵*名久井直子/ヒヨコ舎)
http://teofulteoful.seesaa.net/
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「生命の回廊 vol.3」ご執筆者紹介 岸田将幸さん
岸田将幸さんは、前号に引き続き、今号も詩論を展開してくださいました。

読み取りが難しいほどではなかったのですが、最初のページの引用部分に一文字、字の重なりがあり、お見苦しかったことを、ここでお詫びいたします。
読者のみなさま、そして、岸田将幸さん、大変申し訳ありませんでした。

岸田さんには、まだお名前がキキダダマママキキさんであった時に、私の企画イベント「+crossing」に、今号の斉藤斎藤さんと共に、ご出演いただきました。
その頃とは違って、ずいぶん落ち着いた朗読になりましたが、初期のほうから作品だけでなく、お二人の朗読も、たいへん好きでした。

岸田さんは、2010年にご自分で装丁までされた『〈孤絶―角〉』で第40回の高見順賞を最年少で受賞された時のスピーチが、私が今まで生で聴いたもののなかで最も素晴らしいスピーチで、胸打たれ涙が出ました。
(生でないものを入れると、キング牧師のスピーチが、やはり何度聴いても涙が出ます。)
同様に岸田さんからは訂正稿が届く度、原稿を読む度に涙が出ました。
作品に向かう姿勢が、静かでたいへん真面目でありながらも、文字通り心血で書いているかのようでありました。
前回も今回も大変な大作でありながら、最も早くお原稿を入れていただきました。
それぞれにご事情があり、どうしても原稿を落とされる方もいらっしゃいますので、年刊ゆえに長期間の不安を抱える編集人としては、2号、3号と岸田さんに早々と大きな帆柱をいただき、次号の安らかなる出航が強く約束されたようで、たいへんにありがたかったです。

お若いながら既に老成した大詩人の面持ちがありますが、非常に丁寧で誠実なお心遣いをなさる方で、いつも感激しています。
今後の自分が表現者として、その前に人間として、どのように生き、何を書いてゆけばいいのかと思う時に、やはり私が指針とするお一人です。
向かい合うと不思議と、笹井さんを最も思い出す人でもあります。
作品もお人柄も全く異なるのですが、その魂の純度や大きさのようなものが、笹井さんに近いのかもしれません。



 何を伝えるかということは、人の思想すなわちそれぞれの心的な土地を曝すことに他ならない。抒情とはそういうことだ。しかし、土地を曝す、という過程ではなく、土地そのものが言葉を発する、というふうな、瞬間の負荷によるところの発語を考えなければならない。体においては背骨としての線があり、突き出た歯としての貧しさがあり、腫れた内臓の重さがあり重ね合わされ、「吠える」に充分となる。人を人へと奪い返す時、そういった体とともにわれわれは在る。発語の後、言葉を背負うよりも言葉を背負えぬという厳しい重さの果てへ歩いて行く人の姿に、われわれは概念としても現実としても人を見なければならない。人によって判断と言葉が一致したところに発せられた声の吹き消える光景は、そのような自らの判断へ対面するところの、「神的」呆然である。

   (岸田将幸「人と詩論の原初的全開」より 『生命の回廊 vol.3』)

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岸田将幸 Masayuki KISHIDA

詩集『生まれないために』(七月堂)『死期盲』(思潮社)
『丘の陰に取り残された馬の群れ』(ふらんす堂)
『〈孤絶‐角〉』(思潮社) 
刊行予定『現代詩文庫・岸田将幸詩集』(思潮社)
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「生命の回廊 vol.3」ご執筆者紹介 樋口由紀子さん
樋口由紀子さんは川柳作家であり、前号も今号にも川柳の連作とエッセイをいただきました。
樋口由紀子さんも、大先輩であり、またご自分で雑誌を発行、編集されていますので、やはり声をかけさせていただくことに緊張しました。
単に自分の雑誌だったら、とても無理だったと思いますが、この「生命の回廊」は、笹井さんのためにも質のよいものにしたく、勇気を振り絞ってみなさまに声をかけさせていただきました。
川柳の世界では選者もなさっている樋口さんにお願いをするのは、失礼ではないかとも思ったのですが、快く引き受けていただき、光栄でありました。

私が、現代川柳の面白さ凄さを初めて知ったのは、創刊号にご参加の、なかはられいこさんと、この樋口由紀子さんの作品を読んだことによります。
樋口さんの作品が入ると、端正な魔とでもいうのでしょうか…ぴたっと無音になるような凛とした緊張感があり、雑誌全体を引き締めていただきました。
居合い抜きのような美しさがあるのは、短詩系ならではの醍醐味のように感じています。
樋口由紀子さんは、著書もたくさん出されていますので、ぜひ川柳も、もっと多くの方に読んでいただきたいです。



  どうしても桜の下に来てほしい

  どうってことあれへんかった花の中

    (樋口由紀子「は な」より  『生命の回廊 vol.3』)


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樋口由紀子 Yukiko HIGUCHI 
  
「MANO」編集発行人 「バックストローク」「豈」同人 
句集『ゆうるりと』(私家版)『容顔』(詩遊社)
セレクション柳人13『樋口由紀子集』『セレクション柳論』(邑書林) 
エッセイ集『川柳×薔薇』(ふらんす堂)
共著『現代川柳の精鋭たち』(北宋社)
http://ww3.tiki.ne.jp/~akuru/
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「生命の回廊 vol.3」ご執筆者紹介 ひろたえみさん
ひろたえみさんは、2号には詩のような短歌と小説をいただき、今回は短歌の連作をいただきました。
2号の表紙に格好いい題字をいただきましたが、ひろたさんも、書家であり、舞台人でもあり、詩、短歌、小説、ダンス、演劇、ヴォイス…、マルチな活動をされていて、その全ての表現活動が、詩のような人です。

ひろたさんには、初期から私の朗読でも、ある時は共演者であり、ある時は、スタッフや舞台監督として、いつも支えていただいています。いま私の朗読活動があるのは、舞台人でもある、彼女の力がほんとうに大きいです。
考えてみると、私は朗読を始めてから今年で十年になりますが、その最初から、ひろたさんがいてくれました。
私は、この十年で、最も会うことが多かった友人です。
いつも寂れた黄金町で「えみえみ会談」あるいは、作戦会議をしています。
とても面白いワイルドな人で、非常に詩的でありながら、詩歌の人にはいないタイプかもしれません。たくさん面白いエピソードがあるのですが、それはまたいつか…

一部には、私達は「えみえみ」と呼ばれるへんてこコンビで、「あらすじ ひろたえみ<書>展 地下同行室の三日間」や、 金沢蓄音器館 で《再来夏去》vol.2 「声はわたる 声は満たす ~真夏ふたりの朗読会~」に呼んでいただきました。
私の歌集刊行イベント「紙ピアノの鳴る夕べ ー pieces of voices ー」にご出演いただいたこともあります。
また、「第六回地下サロン実験公演~開放アスベスト館 未知なる後継者達へ~」で初めて共演したのですが、アスベスト館が閉館間近という思い入れも強かったようで、あのアスベスト館の人達をも引かせる、そ、それ舞踏!?自傷ではなくて?というような、凄まじいパフォーマンスでした。
私は朗読の後に、倒されて簀巻きにされて、ステージを引き回されて、そのまま舞台の外に引きずり出されました。またとないことで、楽しかったです。
その時に観てくださった方が、こちらでその時のイメージの絵と感想を書いてくださっています。だいぶん前のことですが、もしよろしかったらご覧ください。

「そこにいたよ」

温かで誠実な人柄、自分よりも人のことばかりしている人。
どんなにその存在に、助けられ、強められてきたことか…
その全てが大らかな詩なのですが、欲がなく、あまり他の場所で文学作品を見ることができません。
無理やり作品を出させた感が否めませんが、ここで作品を出していただくことができ、みなさんにご紹介できたことが、うれしかったです。
彼女を見ていると、まずは人としての、詩の態度のようなものを考えさせられます。
今は、ホスピスで働いているようです。
神経を使うお仕事で大変でしょうが、どうか自分の時間も大切にして、作品も発表し続けてくださいね。



  冬の肺そうどういんして木枯らしをくちうつしする荒地のむすめ

  しろいしろい戯れ屋ども舞い降りてたちまち消える曲芸みせる

    (ひろたえみ「陽 動」より  『生命の回廊 vol.3』)


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ひろたえみ Emi HIROTA 
 
書家、アーティスト 
「<書>展~あらすじ 地下同行室の三日間~」
http://www.enpitu.ne.jp/usr7/71107/ 
http://www.amy.hi-ho.ne.jp/psfin/
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「生命の回廊 vol.3」ご執筆者紹介 三角みづ紀さん
三角みづ紀さんは、2号では詩を、今回は掌編小説をいただきました。
第一詩集『オウバアキル』で、その才能に打ち抜かれました。
朗読を初めに聴いた時の破壊力も物凄かったです。
今は、もう少し穏やかな表現になってきているようですが、詩だけでなく、小説、映像、朗読、作曲にヴォーカル…と、マルチな才能を発揮されています。

仕事の質と量と速さにも、いつも舌を巻いています。
体の具合も悪そうですが、人の何分の一も動くことのできない私の何十倍を越える仕事量です。
そして、そんなに仕事をしながら、また体調が悪くても、人への気遣いも厚く、私にもいつも出先でお土産までいただき、感激しています。
ライブやレコーディングの時には、自分がいちばん大変なはずなのに、バンドのメンバーにも、おにぎりやお菓子を作ったり、凄い人で感服しています。少し見習いたいです。

三角さんには、一昨年は「ことたりない/三幕」に呼んでいただき、昨年は「地下鉄の詩、ポーランドからの詩」で競演をさせていただきました。
ステージも独特なもので、詩人歌人が朗読をした、という次元を越えていて、アーティストのライブになっていますので、まだご覧になっていない方は、ぜひ一度足を運ばれてみてください。CDも発売されています。
その仕事に対するガッツある姿勢と人に対する謙虚で丁寧な生き方が大好きです。



 窓の外はよく晴れていて、くだらないほど真っ青でよい日和なのだとおもう。わたしたちは無言になって食事を続けた。わたしたちがこうやって食事をすることはおそらく何かしらの罪になる。考えれば考えるだけ途方もない罪。そして、食後の一服をすると死に向かった。わたしと彼のライターはもうすぐ買いかえ時で、次はきれいな色のものがいい。鮮やかな、ぴかぴかしたもの。

 (三角みづ紀「途方にくれない」より 『生命の回廊 vol.3』)

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三角みづ紀 Mizuki MISUMI 
 
第42回現代詩手帖賞、第10回中原中也賞、
第18回歴程新鋭賞、2006年度南日本文学賞受賞
詩集『オウバアキル』『カナシヤル』『錯覚しなければ』『はこいり』(思潮社) 
小説『骨、家へかえる』(講談社) 
CD『悪いことしたでしょうか』『幻滅した』(Pelmage Records)
http://misumimizuki.com
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「生命の回廊 vol.3」ご執筆者紹介 浦 歌無子さん
2号に引き続いてのご参加の浦歌無子さんは、井口和泉さんの友人でもあり、二人で詩とお菓子のコラボレーションのイベントなどを開催されていました。
浦さんの詩の朗読に合ったスイーツを井口さんがつくって、その場でみなで食べるらしいです。
うらやましい。行ってみたい。。

浦さんは、2010年に私の主催する「雨の匂い 虹の匂い vol.2」にもご出演いただきました。昨年末に拠点を東京に移されたばかりですので、これからは東京でも、その質の高い朗読を聴くことができることでしょう。
私家版の詩集も美しく、その全てにおいての美意識の高さや細やかな神経に驚かされます。

浦さんも、苦しい時にその存在自体が、私の拠り所になっている友人の一人です。
笹井さんをなくしてとても悲しんでいる時に、多くの方から励ましの言葉をいただきました。どれもほんとうにありがたくうれしいものでしたが、浦さんが贈ってくれた酒井駒子さんの『BとIとRとD』が、とても心に残っています。
穂村さんも、この本を宝物とされているそうですが、その美本っぷりに驚いたのですが、装丁は、これも友人で、後に『えーえんとくちから 笹井宏之作品集』でご一緒することになる名久井直子さんでした。

猫派、犬派があるようですが、私達は数少ない鳥派で、しかも、文鳥党であり、私の部屋のなかには、浦さんからいただいた鳥グッズがたくさんあります。

今号の67ページの写真は、これも名久井さんの装丁で、『えーえんとくちから』の名編集者である藤本さんと豪腕編集者の杉田さんによるチームの、パルコ出版からの『天使のダイアリー』という、これも美しく、愛のつまった本と、浦さんから贈られた小鳥のガラスのオブジェを写したものです。
携帯写真でごめんなさい。
この本は、新年の今、そして、バレンタインデーの贈物にも素敵だと思います。


笹井さんの一周忌で九州に行った時に、浦さん井口さんと三人で会い、井口さんの素晴らしい料理をご馳走になったのですが、その時に、浦さんからは故郷の浜で拾った小さな貝殻とシーグラスをいただきました。
その貝が、やはり海に親しんで育ってきた私にも、見たことがない可愛い形で淡くて儚げな桃色をしていて、海に洗われた涼しげで優しいシーグラスの水色と、とてもよく合うのです。
浦さんの詩には、よく魚っぽい女性が登場するのですが、その贈物をいただいて、その謎が解けた気がしました。
生まれ育った地というものは、深く、私達の心身に根ざしているような気がします。

やっと行くことができた一周忌の後、長崎の殉教の跡地や被爆地を訪れました。
その場所に行って、ようやく自分が、なぜその時にその場所を訪れたかったのか分かった気持ちがしました。無意識に死というもの、その意味を、ずっと考えていたからでしょう。
少し気持ちが忙しい旅になりましたが、そのシーグラスと和泉さんがもたせてくれたピンク色の酵素と共に、旅の間をずっと支えてくれました。
二人とも、その先の私の旅に邪魔にならないように気遣いながら、贈物を選んでくれたのです。
友人達のお陰で、悲しくも、温かな気持ちでいっぱいでした。

その旅の間を枕元に置いて眠った歌無子さんのシーグラスと薄桃色の貝殻は、小さなカクテルグラスに入れて、机の横に飾っています。



コツ
天井が鳴るのは
電気を消してから
決まってこれくらい時間が経ったとき
23:32
階下の家から男の声がよせてはかえす波のように
高くなったり低くなったりしながら聞こえてくる
さっきまでネムリのイドをすべりおちていたのに
今はその井戸をぼんやり覗き込んで黒い小石を落としている
細く長い水の音をえんえんと響かせながら
階上ではなにをしきりに洗っているのか
かけぶとんの上に黒い小石が次から次に墜ちてくる

  (浦 歌無子「うすももいろの」より 『生命の回廊 vol.3』)

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浦 歌無子 Kanako URA 
 
詩集『耳のなかの湖』(ふらんす堂)
詩誌『水字貝』(つきしろ書房)
作品集『雲の指』『月の砂』『薄荷糖』他(つきしろ書房)
http://tsukishiro.net/
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図書新聞にて添田馨氏より岸田将幸さんの詩論『生命の回廊vol.3』より
1月1日の図書新聞において添田馨氏により『言語野における復興――言説における“震災後の風景”そのものである「人と詩論の原初的展望」(岸田将幸)』と題して、『生命の回廊vol.3』に岸田将幸さんのご論考のご高評をいただきました。
ありがとうございました。非常にうれしいです。

岸田さんのご論考は、いただく度に思わず感涙するほどの気迫に満ちた心血の注がれたものでした。
詩人が言葉を発するとは、このような厳しいものであり、また推敲というものも、こういうふうにするものかと、教えていただくようでありました。
ここに真の〈詩人〉の姿を見ることができました。
心から感謝しています。



評者◆添田馨
言語野における復興――
言説における“震災後の風景”そのものである「人と詩論の原初的展望」(岸田将幸)

No.3044 ・ 2012年01月01日


 震災は、私たちの日常のただ中に、異様で破壊的な非日常が暴力的に侵入してきた突然の体験だった。3・11の津波の映像は、その意味で極めて象徴的だった。住宅や車を呑みこんで、大地のうえをのたうちながら這い進む大量の黒い水の映像は、震災が私たちの心的な領域を侵食していく有様の不気味な暗喩そのものをも構成していたと言ってよい。
 震災は、私たちの言葉の地層にも破壊的な衝撃をもたらした。震災後の言葉について、批評はとりわけ敏感でなければならないと思う。そして「生命の回廊」(vol3)掲載の岸田将幸「人と詩論の原初的展望」は、私には典型的な震災後の言葉と映った。この極めて難解な論考は、マルクス資本論やハイデッガー存在論の語彙を用いて語られた、詩論というよりも言説における“震災後の光景”そのものである。「意味を発生させるもの、それは絶対的にたましひである。」――錯綜する概念語の石積みが崩れて、その裂け目から「たましひ」というような非=概念語(あるいは死語)が唐突に現れ出るさまは、言語野における地殻破壊後の光景、ひび割れた論理脈の断層が痛々しく露出したままの思想の光景というに相応しい。その背景には、恐らく現在までのわが国の戦後詩論の累層した土壌が、震災体験を経ることで一気に液状化を起こし、それ以前からの批評的言説の延長上では、もはや何事も語れなくなってしまったという、切迫した動機が横たわっている。
 抒情ということを岸田は、人それぞれが自らの「心的な土壌を曝す」ことだと断言する。彼が「土地」の比喩をもって詩の言葉の根底を必死に志向している姿は、私にはとても偶然とは思えない。さらには「土地を曝す、という過程ではなく、土地そのものが言葉を発する」ような「瞬間の発語」を考えなければならないとまで、彼は言う。とにかく何もかもが変わってしまった。それも突然に。言語野における復興は、その方途を破壊された大地性のうえに根付かせていくしかないということだけは、唯一確かなように思われる。
(詩人・批評家)
「生命の回廊 vol.3」ご執筆者紹介 井口和泉さん
今回が初登場の最後の一人、井口和泉さんは、その文章の瑞々しさに、今号を読んでくださった方は驚かれたのではないかと思いますが、なんと料理研究家です。
浦歌無子さんとご一緒に詩の朗読とお菓子のイベントなどを開催していました。
異ジャンルからの勇気あるご参加、ほんとうにありがとうございました。

料理研究家でありながら、その知識は、文学、陶磁器などにも多岐に及び、驚嘆していました。
ひろたえみさんなどは、私と興味の対象が近く、といっても、私のほうが圧倒的に知識量が少ないのですが、映画や舞台や本の話も、つーかー的に話が巡るのが楽しいのですが、和泉さんからは、いつも興味深い本を教えてもらっています。それがなんというのか玄人好みと言いますか…渋いところを突いてきて、うーんとうなります。
井口和泉さんも、文学系の場では、初めての執筆になると思います。

和泉さんの料理は、野菜を中心とした素材を大切にしたものが中心で、ここでも度々ご紹介したので、私を経由して読者になっている人も多いようでうれしいです。
おいしそうなブログには、料理のヒントなども書かれていますので、ぜひご覧ください。

人としても、実に賢く着実、心もきれいで、意志も強く、苦しい時、迷った時に、助けてもらうことが多かったです。
生きるうえでの規範のようなものが私と近いので、自分が渦中にいて物事がよく見えなくなっているときに、彼女の意見は、私の判断をさらに賢明なのものにしたように感じられました。私よりもずいぶん若い友人ですが、いつも頼りにしています。

私は、ライブで作品を朗読をするとか、「生命の回廊」を創るために、読む必要がある…というような、仕事にならないと、笹井さんのことに、うまく向き合えず、なくなってからは歌集を開くこともできませんでした。写真をちゃんと見ることができたのも最近ですが、3年近く経っていました。
今でもそのような状態ですので、訃報を受け取った時は動けなくなり、早く行きたいとは思っていたものの、一周忌に、まだお骨のあるご自宅にお邪魔するのも、ほんとうは苦しかったです。

有田に入るのは、ほんとうは長崎空港から向かったほうが早いのですが、最初に福岡に寄って、和泉さんと、今回もご参加の、浦歌無子さんに会ってもらいました。
彼女も、私が苦しい時に、その存在自体に助けられた友人です。
その時に和泉さんは、前日の撮影が夜中までに及び、ほとんど寝ていない状態で、私を家に招いてくれたのです。

自分がほとんど寝ないで準備してくれたのにも関わらず、私に眠れているかどうか聞き、気遣いながら出してくれたお料理は、みなとても心がこもっていて素晴らしく優しく、感涙しました。
私の心と体に沁みたその料理のこと、その日の友人達の心遣いと善意を、私は、ずっと忘れないでしょう。
その時のことは、ここに少し書いています。 
* 【命のスープ

帰りには、これから有田から長崎を巡る予定の私に、疲れた時に飲むようにと、鮮やかなピンク色の手作りの酵素を渡してくれました。
こうして、私は、やっと有田に降り立つことができたのです。

井口和泉さんは料理が独創的なだけでなく、人間の生活から総合的に考えることができる人で、その文章力も素晴らしく、将来には、辰巳芳子と白洲正子をたして2で割り、カジュアルにしたような感じにビッグになるのではないかと、これからのご活躍を期待しています。



笹井さんには会えなかった私は伊津野さんを通じて笹井さんを知りました。伊津野さんの朗読を初めて観たとき、さまざまな匂いや手触りをともなった感情がめまぐるしく目の前に広がり、激しい嵐の中の真ん中の、静謐な中心を見たように思った。その静けさは、祈りという形容がもっとも近い。朗読を観た帰り道に、西行が「栂尾明恵上人伝」の中で、「歌の心は」と問われて、「和歌は如来の真の形態であり、歌を詠むことは仏像を造り、秘密の真言を唱えるにひとしい」と答える有名なくだりを思い出していた。歌を詠むということは、命の、心の、もっとも深く澄んだ場所から両手ですくいあげた祈りを捧げることなのだろう。

 (井口和泉『えーえんとくちから 笹井宏之作品集』五首選より 「生命の回廊 vol.3」)

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井口和泉 Izumi IGUCHI  
 
料理家
「九州の食卓」「西日本リビング」連載中
メディアへのレシピ提供と撮影の他、コンセプチュアルな商品開発に関わる。
浦歌無子との朗読のお菓子のイベント「繭」など
http://izumingocurry.blog68.fc2.com/
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revitalize
元旦にもとめた百合の花が、十日をかけて満開になり、部屋のなかが濃密な香りに満ちている。今年も十日分を過ぎたことを告げている。
冬は、花がゆっくり咲くいてくれるからいい。
などとのんびり言っている場合ではなく、今年こそは勤勉に働かなければと思っていたものを、ずいぶん休んでしまった。routineは、こなしつつも、冬は、どうも体がうまく動かない。
去年は、今ごろ風邪の後にノロにやられて、ひどく苦しんだことを考えると、今年は年末年始も寝込まず動いているだけ、まだずいぶんと上出来である・・・ということにしよう。
私基準では、ずいぶんよい冬を過ごしていることは、もしかして新しく始めた治療のおかげかもしれない。

そのほかに、12月に私が弱っていたので心配してくれた、日本画家の橋本紀子さんにいろいろ教えていただき、フラワーエッセンスを飲むようになりました。
これは医学的には解明されていないのですが、私のようになんだかよく分からない状態の人には、よいようです。
紀子さんありがとうございます!
私も最初は、痛みにアロマテラピーがいいとかを読んで、そんな…と思っていましたが、香りや鍼やマッサージというものは、西洋医学だけでは改善されない人には、特に向いているように感じています。

年末のにぎわった街のなかのニールズヤードで、一つのエッセンスを選ぶのに、初めてのことなので、とても迷いました。
それ自体は、匂いも味も特にするものではないからです。

私が選んだエッセンスは、初心者向けにブレンドされているもので、「revitalize」と名前でした。
今年は、たくさんの人に会い、たくさん仕事をしたい。

日本も、私も、新しい命に満ちますように…

2012年
新しい年になりました。
みなにとって、穏やかで明るい希望のみえる一年となりますように。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。



がんばって、なるべく両親のことをして過ごした年末年始となりました。
母にと思った蝋梅と南天の枝が、妙に立派過ぎて、元旦の初詣に向かう人達の多い電車のなかで少し迷惑でした。

かなり頑張らないと、いろいろなことができないため、いつも年末年始は一人で静かに休息しているのを、いつになく頑張ったために疲れたのか、身体の自由を奪われたうえに廃墟に長い年月を閉じ込められていた夢をみていました。
その年月が、十年とか三十年とかと言われて、どうしてそのような状態で生きていたのか自分で驚いていましたが、どうやら複数の人から助けられ、歩けるように誰かが処置をしてくれていて危機は脱したようでした。
なんで年明けにそんな夢をみたのだろうと悲しい気持ちでしたが、決して悲しい夢ではなく、理不尽で不自由な苦しみから解かれた希望の夢だったと思い直しました。
確かに今までは、そのようなところにいたのかもしれませんが、回復の夢なのでしょう。
自分をがんじがらめにして閉じ込めているのは、ほんとうは自分自身かもしれません。
どんなに辛い環境や、身体的状況でも、心のもちようで、自分自身を少しでも自由にして幸せになる方向に導いてあげなければいけません。
新しい治療法を始めたばかりの私には何よりの、幸先の良い夢だったようです。

帰りには自分のために、薄いオレンジシャーベット色の薔薇と百合の花を買いました。
思いがけずに心のこもった贈物やカードやメッセージなど届いて、うれしいです。

明るいビジョンをもって、みなにとって幸せな2012年してゆきましょう。
プロフィール

いつのえみ

Author:いつのえみ
伊津野重美 

第一歌集『紙ピアノ』
1st Album『ひかりの素足』
詩誌『生命の回廊』発行・編集。

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フォルテピアニシモ vol.15
 
~ All can sing ~

http://paperpiano.la.coocan.jp/sing%20html.html

伊津野 重美 朗読

2017年11月3日(金・祝)
12:30 開場/13:00 開演

場所:STAR PINE'S CAFE

前売・予約¥2,500円+1drink
ペアチケット前売・予約のみ
     ¥4500+2drink
当日¥3,000円+1drink
チケット前売発売10月3日より
 前売は店頭販売かweb予約
予約アドレス
https://ssl.form-mailer.jp/fms/f7f014c8172636

STAR PINE'S CAFE
http://www.mandala.gr.jp/

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伊津野重美 1st Album 

『ひかりの素足』
歌人伊津野重美による初の朗読アルバム。
ゲストにチェリスト森重靖宗を迎えて、
宮沢賢治の童話「ひかりの素足」と
日本近代詩の抒情世界を精緻に紡ぐ。

全9曲、48分。定価 2,500+税

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「生命の回廊 vol.3
『えーえんとくちから 
  笹井宏之作品集』特集号」

2011年11月刊行

井口和泉 浦歌無子 
岸田将幸 斉藤斎藤
斉藤倫 樋口由紀子
ひろたえみ 三角みづ紀
ヤリタミサコ 夕暮マリー
伊津野重美

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