スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ひろえみちゃんに教えてもらったことを考えながら「Summertime」を聴いていると、メールをもらった。忙しいなか時々気遣って連絡をくれてありがたい。

夏休みのある日、デパートのエレベーターに子供と乗っていて、やかましい集団に二人でげんなりしたそうだ。
エレベーターを出てから、ああいうの苦手だと言った後にレイちゃんが、「みんな、えみちゃんだといいのに」と話して、ひろえみちゃんが「?」と思ったそうだ。
エレベーターに乗っている人が、みんな私で、私のように囁くように話すといいと思ったようだ。
私が同じエレベーターにたくさん乗っていて、みな私のように話していると、それは、ある意味、怖いんではないかな?と我ながら思ってしまった。。。
が、そんなふうにレイちゃんが、私の声を思い出してくれたこと、それを伝えてもらったことが、とてもうれしくて、そして、おかしかった。
ワイルドなお母さんに似て、小さい時には動物の子のようだったが、これも母に似て、感受性の鋭い優しい子に育ったものだと、その成長にしみじみする。

私は声を出す時に、声帯から息が漏れていると去年やっと知ることができた。
もともとなぜか5分朗読しても喉が痛かったのだが、体も弱いので、そんなものかと諦めていたが、去年、喉の痛みが尋常ではなくなり、わずかな会話をするだけ、しまいには息をするだけでも痛くなり、診ていただいたのだ。

普通ではない喉の痛みは、そのようなところから来ていたのだ。それは、どうやら、大きな声を出して、自分を押し出したくないという性格から来ているらしいということも…
そして、ここ数年、手ひどく人に裏切られるようなことが続いていた。そのような心理的な要因も、声を出しにくくなっているのだろうということだった。
それを聞き、「AMY」という映画を思い出していた。
大好きなお父さんの死を目撃した少女エイミーは、心を閉ざし、言葉を失ってしまう。
だが、音楽だけは聞こえていて、やがて歌を通して、この世界に帰ってくるのだ。

確かにかなり酷い目が続いたとはいえ、私はエイミーのような悲劇に遭遇した訳ではなく、単に身体の問題と思っていたので驚いた。
声、そして、話すことは、人と人との関係性のもので、デリケートなものなのだと、なんだか人間というものが愛おしく思えた。

新たな病が加わったかとも思ったが、病気ではなくてよかった・・・いや、よかったのか?
病気ではないので、治りにくいともいえる。
声の出し方が間違っていて、それが性格から来ていて、しかも長年そうして来たものを治るのかと思うのと同時に、それが治ったら声も変わってしまいそうで、ライブをしている私には恐れも感じ、そのことを話した。
私は朗読が巧くもないし、声の訓練もしていない。それでも、私の声を聴きたい人がいるのは、この特殊な声のせいなのではないかと思ったからだ。他の人と同じ声の出し方になったら普通になり、人が聴きたいと思う声ではなくなるのではないだろうか?
だが、先生は、大丈夫だと言ってくださった。
声には、人格や精神が出ているので、そんなに変わったりはしないと。
治れば、痛くなく、今のようには苦しくなくなりますよ。と…
朗読を聴くことは好きなのだが、自分が朗読をすることがあまり好きでないことは、人前に出ることの苦手意識の他に、この喉の苦しさも確かにあったのかもしれない。いつも喉に負担をかけないよう、本番前にも、練習は10分とできなく、ほぼイメージトレーニングで、リハさえできない。この苦しさがなくなるということが、想像がしにくい。

そして、声は人格というお話で、はっとする。
確かに声には肉体のようなものを感じる。
整った面立ちの人でも、話し出すと品性のようなものが出て、がっかりすることも少なくない。立ち姿のように、言葉を話すと声は姿をもつ。
そして、声、話し方、特に発声の訓練をしていない作者の朗読を聴くと、如実にその人の魂が解ってしまう。
それは、恐ろしいことだ。
私は人前で話すこと、ましてや朗読をすることが恐ろしい。自分の醜さ卑しさを曝すような心持ちがする。
それでも、ただ真っ白になり、たったこれだけのちっぽけな自分を誤魔化すことなく、見てもらうしか今はできない。

だが、聴くほうとしては、それだけのことが分かってしまうので、なんとも面白い。
私が人の声が好きなのは、人間が苦手な私でも、遠くから人の魂にダイレクトに触れられるからだと思う。

私が、もう少し人間を信頼でき、自分自身を許せるようになれば、この喉の痛みも治るのかもしれない。
エイミーのようにいつかこの世界に、帰ることができるだろうか…


08.jpg

スポンサーサイト

Summertime

今年は新盆を迎える者が多く、いつも以上に重たい夏だった。
夏の終わりにジャニス・ジョップリンの「Summertime」を聴きながら、ゆく夏を惜しむようになったのは、いつからだろう。

この夏もなかなか苦しかった。
今年の夏も、気に入っている白い籠バックを使うことがなかった。
どうやらこの夏のピークと共に、私の不調も無事に過ぎてくれつつある。

子供の頃から皮膚が弱く、春夏は樹の下を歩くだけで植物や虫にかぶれ、低学年の頃は体中に茶色くて臭い薬が塗られて包帯を巻かれ、夏でも長袖を着ていた。
新聞を取りに出ただけで、薔薇の毛虫にやられて体中腫れ上がって高熱を出し、肝臓へ働きかける解毒のための大きな注射を打たれたことも複数ある。
薬が進歩したこともあり、子供の時よりもさすがにましというものの、今年も皮膚は五重ぐらいに異常が出た。たかが皮膚のことといえども、それ一つ取っても眠りや日常が奪われる。
皮膚も骨も免疫も…この世界に適合できない体で生まれてしまったようで、慣れることができない。

空調の効いた部屋にいて、食べるもの着るものも充分でも、夏も冬も越えるのが苦しい。この先を思うと、打ちのめされかけるが、いまだ避難所や仮設住宅で不自由な暮らしをされている高齢者や体の不自由な方々、ソマリアでの飢えている人々へ思いを馳せる。

ぜひ避暑に長野にと言われていて、今年の夏こそと思っていた友人のところに行くことができなかった。目の不自由な友人なので、私が行かなければ、なかなか会うことが難しく、約束をずっと果たせないでいる。
しばらく部屋に引きこもってひたすら耐えていたが、顔の腫れがだいぶん引き、痛みがなく食べることができるようになって、やっと外に出て入ったカフェでのランチが、うれしかった。
お店では、すっかり秋物のウールのニットが売られていた。


110816_130254.jpg


安全な部屋にいて、ちゃんと眠り、食べ、歩くことができる…
恵まれていることを感謝して、日々を送るしかない。
そして、その自分に与えられている恵みを、他の人と分かち合うことができる。

11月のソロライブ「フォルテピアニシモ」に向けて、少しずつ動き出す。
ずっと部屋にいたので、いつもより早くライブのラストを書き上げる。
焦らないように、壊さないように、そっとそうっと、トレーニングを開始している。
今年は、いつも以上によいものを届けたい。


いつも漠然と聴いていた「Summertime」だが、ひろえみちゃんに子守唄だと教えられてから改めて見てみると、確かに「おまえの父さんは金持ちで、母さんは美人」というような歌詞がある。
「ベイビー。泣かないで。」と繰り返しているが、あまりに激しい切迫感なので、悲憤にくれる自分自身や恋人に泣くなと唄っているのかと思い込んでいた。

当時のアフリカ系アメリカ人の生活、「Child, you're living easy. 」この歌詞の響きの重さ…
そして、ヘロインとアルコールで若くして逝ったジャニスの孤独と絶望…

なぜ私がこれを夏の終わりに聴きたかったのかが、改めて分かった気がした。




Summertime, time, time,
Child, the living's easy.
Fish are jumping out
And the cotton, Lord,
Cotton's high, Lord so high.
Your daddy's rich
And your ma is so good-looking, baby.
She's a-looking good now,
Hush, baby, baby, baby, baby now,
No, no, no, no, no, no, no,
Don't you cry, don't you cry.

One of these mornings
You're gonna rise, rise up singing,
You're gonna spread your wings, child,
And take, take to the sky,
Lord, the sky.
But until that morning,
Honey, n-n-nothing's going to harm ya,
No, no, no no, no no, no...
Don't you cry — cry.

(Janis Joplin  「Summertime」)

『えーえんとくちから 笹井宏之作品集』 第3刷

8月になりました。
今日は、笹井宏之さんの誕生日。

青年の面影は変わらないままなのに、ずっと歳を一つずつ加えていってしまう。
三十代、四十代…と成長してゆく姿を見たかった。成熟してゆく作品を読みたかった。。

この未曾有の災害にも負けず、お蔭様をもちまして、『えーえんとくちから 笹井宏之作品集』(parco出版)は、春に第3刷目に入っています。
大きな書店では置いてありますので、ぜひ歌集と併せて手に取ってご覧ください。
売れっ子デザイナーの名久井直子さんの渾身の装丁が、笹井さんのように素晴らしいけれども威圧しない清々しさと優しさです。

先日、恵比寿で、「エビススタイル」というガーデンプレイスが発行している冊子を手に取りました。恵比寿に行くことは多いのですが、その冊子に気付くことは今までなく、したがって開いたのも初めてで、全くの偶然でした。何か呼んでいたのでしょう。

ガーデンプレイス内のお店の紹介だけではなく、食やスタイル、アートや映画、本などのカルチャーの紹介が充実している、薄いですがカラーのきれいな小マガジンでした。

そのなかの本のコーナーに、『えーえんとくちから 笹井宏之作品集』も紹介されていたのです。
【今だから光を増す、詩人達の「言葉の力」。】というタイトルで、この震災後のいま、光となっている詩人の言葉として、谷川俊太郎さんの『生きる』や長田弘さんの『人はかつて樹だった』などの巨匠達と並んでいました。
自分の言葉が苦しい人の心に灯り、少しでも温めるものになることは、笹井さんが最も望んでいたことだったように思え、思わず落涙しました。

 『えーえんとくちから 笹井宏之作品集』は、26歳の若さでこの世を去った天才歌人・笹井宏之の作品集。「ひきがねをひけば小さな花束が飛びだすような明日をください」。病いの苦しみの中で紡がれた、雪の結晶のようなしあわせが、読む人をあたたかく包み込む。
  ・・・(中略)・・・
行き場をなくした思いを丁寧にすくいあげるそれらの言葉が、すぐれた詩人たちが、いつも予言者として世界を見つめていることを教えてくれるのだ。

(矢部智子【今だから光を増す、詩人達の「言葉の力」。】 「エビススタイル」No.27)



ちゃんとみんなに届いているよ。。。
ささいさん、お誕生日おめでとう。そして、ありがとう。


なお、今年も『生命の回廊』を準備中です。
『生命の回廊 vol.3』は、『えーえんとくちから 笹井宏之作品集』特集号で秋に発行予定です。
今回も素晴らしいご執筆者陣となっています。
『生命の回廊 vol.2』は、まだ在庫がありますので、こちらもよろしくお願いいたします。

苦しいこと辛いことも多い毎日ですが、諦めずに元気を出して、明るく丁寧に生きてゆきましょう。
そう。笹井さんのように…
プロフィール

いつのえみ

Author:いつのえみ
伊津野重美 

第一歌集『紙ピアノ』
1st Album『ひかりの素足』
詩誌『生命の回廊』発行・編集。

********************

フォルテピアニシモ vol.14
 
~ Keep the holy fire
       burning ~

伊津野 重美 朗読

2016年11月3日(木・祝)
12:30 開場/13:00 開演

場所:STAR PINE'S CAFE

前売・予約¥2,500円+1drink
ペアチケット前売・予約のみ
     ¥4500+2drink
当日¥3,000円+1drink
チケット前売発売10月3日より
 前売は店頭販売かweb予約
予約アドレス
https://ssl.form-mailer.jp/fms/f7f014c8172636

STAR PINE'S CAFE
http://www.mandala.gr.jp/

**********************

伊津野重美 1st Album 

『ひかりの素足』
歌人伊津野重美による初の朗読アルバム。
ゲストにチェリスト森重靖宗を迎えて、
宮沢賢治の童話「ひかりの素足」と
日本近代詩の抒情世界を精緻に紡ぐ。

全9曲、48分。定価 2,500+税

**********************

「生命の回廊 vol.3
『えーえんとくちから 
  笹井宏之作品集』特集号」

2011年11月刊行

井口和泉 浦歌無子 
岸田将幸 斉藤斎藤
斉藤倫 樋口由紀子
ひろたえみ 三角みづ紀
ヤリタミサコ 夕暮マリー
伊津野重美

最近の記事
カレンダー
07 | 2011/08 | 09
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -
カテゴリー
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク
ブログ内検索
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。