福島、ノルウェー、ソマリア、インド、中国…

痛ましい、信じられないことが次々に起こってきていて、悲しみで体と頭が冷たくなって、うまく動くことができない。
私達は魂の成長のために生まれて来て、困難や苦悩も、私達を磨くその糧であると思おうとするのだが、あまりにもその苦しみは大きい。

ノルウェーのテロでは、人の許しと憎しみのことを思った。
多くの大切な命を奪った人間に対し、どう許せばよいのか、憎むことは罪なのか…
禁錮21年が「最高刑」のこの美しい安全な国で、人間の愛と知が試される。

日本でも、やっと正当なことを発言する学者が複数出てきた。
まともなことをまともに発言することが、なぜこんなに難しいのか…
多くの被害が出ることが、こんなにはっきり分かっているものを嘘をつけるのか。
なぜ国民を、まずは子供を守らないのか、理解ができない。
誰か一人でも守ることができない無力感で言葉が出ない。

子供は、まず逃がしてあげたい。
だが、大人も、充分に気をつけてほしい。
一人の命は、自分だけのものではなく、無用の病の苦しみを負うのは、本人だけではないのだから…

人を疑わず、テレビの情報や政府を信じている、純朴で真面目な人ほど騙されてしまうことが切ない。
現在は、戦時と同じ、緊急事態。
情報を取捨選択し、まずはみな自分を守ってほしい。
政府も学者もマスコミも、人間のことなので間違い、あるいは、嘘もつく。絶対では決してない。
偏った情報を鵜呑みにしてはならない。
自分と家族、故郷、そして、未来を救うのは、人間のソフィアだけである。


2011年7月28日衆議院厚生労働委員会
児玉龍彦氏(東京大学先端科学技術研究センター教授東京大学アイソトープ総合センター長)発言動画


児玉龍彦氏発言 書き起こし

児玉龍彦氏発言書き起こし発言 英訳版


『世界もおどろく日本の基準値2000ベクレル』赤ちゃんのみるくが原発の排水の2倍以上???!!
イラク人の監督によって初めて描かれた現代のイラク。

フセイン政権が崩壊してから3週間後…

荒涼とした大地を歩き続ける男の子とその祖母。
誘拐され兵に取られた、顔も知らない父をやっと捜しに出たのだ。
ある時は刑務所に、ある時はモスクのなかで顔の崩れた死にかけの病人に、そして、集団墓地のなかを探し回る。

集団墓地とは名ばかりで、放り込んで土をかけただけなのであろう。掘り返すと土くれのなかに、ごろごろと骨が転がっている。
しかし、そのなかから、所持品などで愛する者を捜し当てた家族は、まだ幸せで、身元の判別できない遺体も多く、そうでない父を、夫を、息子、愛する者と自分の一部まで奪われた家族の痛苦の旅は続く…

荒れ果てた大地に、戦闘で破壊され、まだ銃弾の飛ぶ街中の瓦礫のなかに、そして、遺骸の埋められている土山の上に立つ女達の姿に…その度に息がつまる。

たった一人の不在と喪失がこんなにも苦しいものを、過去40年間で150万人以上が行方不明となり、300の集団墓地から何十万もの身元不明遺体が発見されている爪痕の凄まじさ…

愛する者から引き剥がされて兵とされ、自分の手で無辜の命を奪うことを強要され、そして、自らの人生も命も奪われた者達の無念さ…

これは、災害ではなく、人の意志でなされた悲劇なのだ。

映画の公式サイトのトップページから、モハメド・アルダラジー監督の日本へのメッセージをぜひ聴いてほしい。
このような過酷のなかで大きな困難を乗り越えて来た人の、今の日本への言葉が胸に響く。
震災からほぼ一ヶ月の、多くの外国人が日本に来るのを取り止めた時期に、この映画のプロモーションのために来日したようだ。みなに日本に行くのを危険だと止められたが、最もその安全を願うはずの母が、行くように勧めてくれたとの言葉に、人種や国境を越える、共通の人間の愛の強さを感じた。
それにしても、人間はなんて愚かで、かたや、その愛情は深く純粋なのだろう…

バビロンの陽光
舞台は、デンマーク、コペンハーゲン。

アルコール中毒の母が育児放棄した幼い弟を兄弟で育てていたが、死なれてしまう。
親の愛情を知らないで育った兄弟にとって、その弟が悲惨な状況のなかでの救いであったのだ。
最愛の者を亡くし、その自責の念もあって、どんどん道を誤ってしまう。
親からも愛されなかった者は、愛し方が分からない。また、心の傷から逃れる術を知らない。わずかに手に入れた幸せまでも、自らの手で潰してゆくようだ。

街中でもコペンハーゲンの景色が寒そうで寂しく、子供の出てくるシーンが魅力的で美しいゆえに、自滅の道を選んでゆくような兄弟の姿が、いっそう悲しい。
ほんとうは、すぐそこにある愛をうまく掴むことができない。

原題は、原作の小説と同じ「Submarino」で、潜水艦・・・?と思ったが、水中に頭を突っ込まれる刑務所内での拷問のことを表しているようだと知り、はっとする。

息ができない苦しみのなかで、束の間、水面に出されて息を吸い込むや、また水に漬けられるて、もがき、苦しみ、渇望する。
なぜそんな選択をしてゆくのかと、日本では見ているものは安全なところから歯がゆく思うかもしれないが、大きな心の傷のせいなのだ。
守られるべき親からの愛でなく、暴力の刷り込みを受けた者は、感情を暴力で発することしかできない。
暴力も悲しみも抑えて描かれているが、その極限の苦しみの大きさが、そこに残っている気がした。おそらくその苦しみはフィクションではなく、原作者にも、これに近い体験があったのではないかと感じた。

失っても、失っても、なお生きてゆかなければならない。
自分を救うことができなかった者が、人のために歩き出そうとする。
誰かが生きていることが、救いとなる。

人は孤独では生きることができず、愛による傷は、愛によってしか癒されない。
絶望の果てに、一筋の光が見えた。

「光のほうへ」Submarino
今日は、七夕ですね。

3月11日以来、多くの人の価値観や願いの性質が変わったように感じています。

私は十代の頃、うまく食べたり眠ったり動いたりできませんでした。
学校も行くことができないどころか、みんなが勉強やスポーツや恋愛などで青春を謳歌している時に、同じ時間のその一日、一時間、一分が大きな苦しみでした。
散歩を許されても、病棟から出てエレベーターを待っている時間を立っていることができなく、薬を飲むためのカップが持ち上げられないくらい弱ったこともありました。その日一日を耐えているだけで、明日が文字通り見えませんでした。

自分なりに元気になっても、外に出て、ちゃんと帰って来ることができるのか不安でした。出かける時に、自然と、帰って来ることができない時のために、片付けている自分に気がつくこともありました。

そのようななかで長く生きていると、いま人と会うこと、いま為すことが、とても貴重なのです。
そして、本質的なことしか重要でなくなります。

苦しいことも悲しいことも嫌なこともあります。それでも、私は、晴れても雨でも幸せを感じます。今日曇り空の下で洗濯物を干しても幸せで、ある意味バカかもしれません。
ですが、美味しいと食べることができ、眠れ、自分の足で歩け、きれいな風景を見ることができ、とても幸せです。 

自由で、痛くも寒くも、ひもじくもなければ、ほんとうは幸せなのですが、ほとんどの人は、もったいないことに与えられている幸せに気がついていません。
ろくに高校にも行っていない自分が、温情で卒業させてもらい、病を経て、大学に入ることができた時、最初の頃は、毎日のように大学のチャペルを見て、泣いていました。
けれども、周りの人達は、ほんとうは幸せなことでも文句ばかり…。雨が降っただけで、一日愚痴って人の時間まで台無しにする者や、思い通りにならないと癇癪を起こし、試験が近付いてきただけで暗くなり、「もう死にたい」と口にするのです。最もそれがひどかった人は、卒業して高校の先生になりました。
多くは恵まれ過ぎ、甘やかされ過ぎている。

同じ学校で同じ病棟にいた男の子は、病の苦しさで飛び降りてなくなりました。まだ16か17歳でした。処方された薬をちゃんと飲んでいて、薬害でさらに一生の病と障害を背負うことになった女の子もいました。それは人にうつる病気なので、おそらく結婚も子供もできないでしょう。
生き残っても、十代でそれぐらい重い病を背負い、レールからドロップアウトしてしまうと大概が、普通の人の日常や社会には回帰できないのです。それでも、人生は続きます。
私自身も絶望感や苦しみから、さっと魔が差すこともありました。生き残ったのは、私が人一倍心身が実はタフだったからで、紙一重だったと思います。
相変わらず人並みには動けないぽんこつな身体ですが、よくここまで生きてくることができたと、生きていることがありがたく、しみじみとその喜びを噛みしめています。
 
本当に苦しんでいる人に、死なないでと無責任に言うことは、私にはできません。
ですが、どうか死なないでほしい、と何度でも言いたいのです。

苦しいことがあっても、その一時的なショックが治まれば、なんとか生きてゆけるものです。
悲しくても苦しくても、生きてさえいれば、時は流れて、陽は射し、風が吹き、人と笑い合う日も、必ずやってきます。
私自身が、そうだったからです。

どうか生きてください。

これが、私の願いです。


 ☆ フォルテピアニシモ vol.7 ~ wish ~ ☆

i039.jpg


寝苦しくなって来た。
最近の日本の夏の暑さは尋常ではなく亜熱帯になってしまった。十代の頃は神経質だったので、窓もドアも閉めて、空調もなく夜は過ごした。さすがに今はエアコンを夜はかけるようになったものの、もともと私はパソコンと蝋燭の灯で仕事をしていていたりして、停電になっても、そういえば何かぷちっと音がしたなと、後で気がつくことすらあるくらい、あまりテレビもエアコンも使わない。
だが、特別な節電の夏ということで、寝具に寒色系を使うと、落ち着いて眠ることができると聞き、はっとする。
そういえば、白が基調の淡い色しか寝具には使ったことがなかった。あって、ピンクの花柄や薄いグリーンくらいだった。
自分をフレクシブルな人間だと思っていたが、そんなところでは、子供の頃からの固定観念にしばれていたのかもしれない。

きれいな濃い色のなかで迷ったが、新しいシーツにセルリアンブルーを選んだ。
7月の初めての夜に、それに横たわると、電気を消したのに草原に横たわっていて、青空を見上げているような感覚があった。それは今までにない不思議な感覚だった。
濃い色が、眠りを妨げるかとの危惧が少しあったが、そのようなことはなかった。

その晩、夢を見た。
きれいな青い海で自由に楽しく泳いでいた。南の海のせいか、冷たさのストレスもない。
遠くにクジラが二匹来ているのが見えた。それは遠くで、脅かされるほどには大きくはない。こんな浅瀬までクジラが来るのは珍しいと、微笑ましく思っていた。
そして、私も誰かと一緒にいたようだった。孤独ではなかった。
海から出て、体から白い砂を払ったのまでも、幸福な感じがした。

目が醒めて、カラーセラピーということを思った。
セルリアンブルーは緑がかった青だが、草原の色よりも、そういえばきれいな海の色だった。
私よりも、私の深層のほうが、物事を正確に認識しているようだ。
そして、穏やかな海、クジラの夢は、どちらも吉夢だった。
これまではひたすら苦しかった2011年だが、後半は穏やかに始まる。

少しでもよいことが、みなさまにありますように…
今年の前半は、ほとんど駄目だった。少し動ける今のうちにと思い、もろもろ準備を始める。

探していた気に入ったスーツケースを見つけて、うれしく曳いて帰る。
ある一時期は、弱いなりにも旅が好きでよくしていた。その頃は装備も不充分で、そのゆえのストレスも多かった。家にあった古いスーツケースでアジアなどに行っていたが壊れ、その後、自分が壊れ、しばらく国内でも旅をしていなかった。喘息になったので、旅先で発作が起きないか心配だったのだ。
少し回復をしてから、ライブで地方に招かれるようになり、しばらく移動をしていなかったので、思い切って自分用の気に入った小さいスーツケースを初めて買った。
ただのプライベートの旅と異なり、ライブがあると、そのための衣装やテキストや本などを入れる必要があるのだ。
日本国内でスーツケースは、自分には贅沢かと思ったが、新しいスーツケースは進歩していて、とても移動が楽になった。自分の部屋にいても具合が悪いことが多く、臆病になっていたが、快適に旅ができると知り、結局それから仕事が増え、自分でも出るようになり、都内のソロライブでも、それを使うようになり、今では、それに入りきらないほどの物販物も増えた。
一年に一度、頑張った自分へご褒美に旅に行くことにしているが、その時もそれで行っていたが、もともと一週間ほどの旅には小さ過ぎ、去年行ったイタリアでは限界を越えていて、もっと大きく気に入るものを探していた。
気がつけば、自分用のスーツケースを買ってから、仕事のついでに一人旅もするようになった。
少しずつ身の丈にあったものになって来ているのだろう。

よく見かける赤や黒やネイビーのぴかぴかしたものは、人が使っている分には格好いいと思うのだが、自分で使うとなると、大きすぎる声みたいで苦手なのだ。
面積が大きいので、部屋に置いてある時に、強い色のぴかぴかが神経に触らないよう、穏やかなものがいい。

パール色と書いてあるが、きらきらしていなく、ベージュピンクにもクリーム色にも見えるそれは、一度見かけ気に入ったものの、汚れやすく傷つきやすいと思い迷ってしまったが、結局それに決める。
これからしばらくは、これが私の相棒になる。
スーツケースの傷は、人生のそれと同じで、ないに越したことはないが、避けられなく、また、それも思い出の一つとなる。
これから何を入れ、どこに行くのか…
傷だらけになるまで、一緒に旅をしよう。

世界は広い。自分の足で歩くことができ、それを望むのであれば、ほんとうはどこにでも行くことができるのだ。
7月1日。よいスタートなる。また新しい旅が始まる…
プロフィール

いつのえみ

Author:いつのえみ
伊津野重美 

第一歌集『紙ピアノ』
1st Album『ひかりの素足』
詩誌『生命の回廊』発行・編集。

********************

フォルテピアニシモ vol.15
 
~ All can sing ~

http://paperpiano.la.coocan.jp/sing%20html.html

伊津野 重美 朗読

2017年11月3日(金・祝)
12:30 開場/13:00 開演

場所:STAR PINE'S CAFE

前売・予約¥2,500円+1drink
ペアチケット前売・予約のみ
     ¥4500+2drink
当日¥3,000円+1drink
チケット前売発売10月3日より
 前売は店頭販売かweb予約
予約アドレス
https://ssl.form-mailer.jp/fms/f7f014c8172636

STAR PINE'S CAFE
http://www.mandala.gr.jp/

**********************

伊津野重美 1st Album 

『ひかりの素足』
歌人伊津野重美による初の朗読アルバム。
ゲストにチェリスト森重靖宗を迎えて、
宮沢賢治の童話「ひかりの素足」と
日本近代詩の抒情世界を精緻に紡ぐ。

全9曲、48分。定価 2,500+税

**********************

「生命の回廊 vol.3
『えーえんとくちから 
  笹井宏之作品集』特集号」

2011年11月刊行

井口和泉 浦歌無子 
岸田将幸 斉藤斎藤
斉藤倫 樋口由紀子
ひろたえみ 三角みづ紀
ヤリタミサコ 夕暮マリー
伊津野重美

最近の記事
カレンダー
06 | 2011/07 | 08
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31 - - - - - -
カテゴリー
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文: