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「雨ニモマケズ」をめぐって、いま思うこと

桜の咲く頃までは冬並みに寒い日があり油断ができないが、桜も散る頃となると、悪寒や熱や咳に苦しんでいた体がとても楽になり、ようやく今年の冬も乗り越えることができたと安堵する。
桜までは逡巡していた春は、桜が散ると一挙になだれ込んで来て、ぼうっとしている間に、牡丹や芍薬や藤や薔薇などに移り、改めて生命の輝きに驚かされる。
しかし、四十九日を過ぎ、現状に対して新たな悲しみを覚える。特別な痛苦のなかでの春となった。

政府の嘘や隠蔽が一つ一つ明らかになるにつれ、怒りを通り越して、失望のあまり無気力になっていた。天災は、どんなに過酷なものであろうとも、ある意味仕方がない。しかし、原発の問題は人災であり、その後の対応の不味さや不誠実さなどは、自国民への国家的な殺人行為であるようにすら感じている。
なかでも、言葉を使う作家や学者達は、政府の嘘などに対して、もっと声をあげるべきだと思うのだが、言論統制や報道規制に対しての意見を、ほとんど見ることがないことにも、大きな驚きと失望があった。
それぞれの仕事や日常をこなすことは大事だ。だが、いま事実は隠蔽され、私達は脅威のなかにあり、人の命が、とくに最も守らなければならない子供達の命が脅かされている。もっとやるべきことがあるのではないだろうか。 
この大きな災害から、作家としてどのような言葉を紡ぎ、作品にするか、人として何をし、何をしないか、私達の人間が試されている。
まだ不明となっている家族や大切な人を瓦礫のなか捜し続けている者達も多いなかを、また震災で命を落とされた方々の御霊が、中有に彷徨っている時に、たやすくこの震災の作品を作ってゆく者達に恐れを感じた私は、作者として弱いのだろう。
大切な人を亡くされた方々の心には、一年経つとも、三年経つとも、区切りがつくというものでもないであろうが、一般の人達はいい、少なくとも言葉を「作者」として使う者達には、たやすくこのことを「燃料」にしてほしくはないと思ってしまう。少なくとも、覚悟をもって表現してほしい。
ほんとうにこの震災を、嘆き、怒るのでならば、言葉を使う者達は、政府に訴えたり、言論で世を動かしてゆく役割があるのではないだろうか?

一方このような災厄のなかでの、被災者の方々の強さや我慢強さには、頭が下がる。けれども、これ以上、自分を押さえつけないで、怒るべきところは怒ってほしいと思う。
私は、辛い目に遭っている人達に、頑張ってと言うことはできない。
家族や家や仕事や故郷を風景ごと失って、頑張ることなんてできるのか・・・
私にはできない。ただ、なんとか生き抜いてほしいと願うばかりである。

そのような人達に寄り添うように、現地で仕事をされている方々、ボランティアの方々にも感嘆する。
ボランティアの方々のテントには、4月にも雪が積もっていて、思わず涙が出た。力仕事ができなくとも、こんな時に飛んでいき、お年寄りや子供達に寄り添ったりしたいものだが、安全な場所で暖かく、食べるものも充分にあり、医療も受けながらも、毎冬を恐々と過ごしている不甲斐ない自分が、改めて情けなく、悲しい。

4月の頭にあった朗読会では、そんな私にもできるかもしれない唯一のこととして、この震災で傷ついている方々の苦しみ悲しみを少しでも慰めたく、私は宮沢賢治の「雨ニモマケズ」を初めて朗読した。その後、新聞で読んだところによると震災以後、この詩が入った賢治の詩集が売れているという。冷たい雪のなか苦難のなかを、じっと耐えている東北の方々の辛抱強い姿に打たれ、この賢治の詩精神が表れていると、多くの人が感じたのであろう。 
私自身も、賢治の作品をよく朗読してきたが、優れた作品であればあるほど、それを読むための能力や体力、心の熱量を伴わねばならないようで、あまりにも有名で、あまりにも自分から遠い、この「雨ニモマケズ」を朗読する日が来るとは思ってはいなかった。

困っている人達があれば、飛んでゆき、荷を背負い、慰めたいと思うも、そのための丈夫な体が私にはない。いま現地で危険や不自由のなかで、悪臭のなかを腐った魚を手で掴み、粉塵のなかをシャベルでヘドロを一掬い一掬いしている人達の尊い姿に手を合わせるのみである。

この「雨ニモマケズ」は、賢治の死後に手帳に書き付けられていたのが発見されたもので、賢治自身が詩作品として考えていたかは、判然としていない。
研究者によって意見の分かれるところであり、私が不用意に述べるべきではないのだが、手帳の状態をみると、私自身は、これを賢治は詩としては捉えず、自分を戒める、そして、目標とする言葉にして自分を律していたのではないかと思う。
そして、これは、賢治が病床で書いたとされている。丈夫な体で、人のために我が身を使いたいという強い願いによって書かれたものだったのだ。

「雨ニモマケズ」が、こんなにも人の心に響くのは、賢治の無私の愛ともいうべき、稀有な精神ゆえなのである。
賢治は、これを発表しようともしていなかった。名声も、富も求めず、ただ、このことを切に願い、これを書いた。その純粋で深い魂に私達は打たれるのだ。

同じ4月の朗読会で、東直子さんが震災や原発関連の新作の一連を朗読されていて、それは、作品も朗読も、ほんとうに素晴らしかった。また、東さんの純粋で清らかな心に触れることができ、癒されるものであった。まだ震災から一ヶ月も経っていなく、会の開催自体が危ぶむまれたあの時期に、あのような美しい朗読を聴くことができ、たいへんななかをいらしていただいた方々に聴いていただき、一緒に会を作った者として、ほんとうによかったと思う。
同じ震災のことを題材にするにしても、一方は、単に作者のために安易な「ネタ」になり、もう一方では、止むに止まれぬ感情から作られた、人の心を動かす素晴らしい作品になる。このように作者の能力や心の持ち方次第であるのかが難しいところではあるが、優れた作品、心のこもった言葉は、人を支える大きな力で希望にもなることも忘れないようにして、人の大きな悲劇に触れていることに恐れをもちながらも、怯え過ぎないようにしたい。

震災直後は、私はこのことを自分が書くことはできないと思っていた。けれども、今は違う。どんなに拙くても、被害に遭われた方々のお気持ちに合わなくとも、この不幸に向かい合い、何がしかの言葉を紡ぐことが、同時代に生きていて目撃した、私にできる誠意でもあると思う。むしろ、書かねばならない。
個人的に記していたと思われる、この「雨ニモマケズ」が、こんなにも人口に膾炙していることを賢治自身は喜ばないような気がする。それでも、それも併せて、私にはここに、詩人の、そして、詩の原点があるように感ずるのだ。
賢治と同じようになどはできない。だが、私達、物書きは、賢治の深遠な精神と潔癖な態度を忘れてはならないように思う。
自戒をもって、ここに記す。

私達は、なんのために詩を、短歌を書くのか…





  雨ニモマケズ

     宮澤賢治


雨ニモマケズ
風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
丈夫ナカラダヲモチ
慾ハナク
決シテ瞋ラズ
イツモシヅカニワラッテヰル
一日ニ玄米四合ト
味噌ト少シノ野菜ヲタベ
アラユルコトヲ
ジブンヲカンジョウニ入レズニ
ヨクミキキシワカリ
ソシテワスレズ
野原ノ松ノ林ノ陰ノ
小サナ萓ブキノ小屋ニヰテ
東ニ病気ノコドモアレバ
行ッテ看病シテヤリ
西ニツカレタ母アレバ
行ッテソノ稲ノ朿ヲ負ヒ
南ニ死ニサウナ人アレバ
行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ
北ニケンクヮヤソショウガアレバ
ツマラナイカラヤメロトイヒ
ヒドリノトキハナミダヲナガシ
サムサノナツハオロオロアルキ
ミンナニデクノボートヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
サウイフモノニ
ワタシハナリタイ




kizuna311 #01 渡辺謙「雨ニモマケズ」朗読

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笹井宏之さん朝日新聞読書欄

本日、4月10日の朝日新聞の読書欄にてに笹井宏之さんの第二歌集『てんとろり』と、作品集『えーえんとくちから』がご紹介されました。
穂村弘さんの文章が胸を打ちます。

笹井さんは、穂村さんが大好きでした。
どんなにうれしいことでしょう。
ありがとうございました。


 えーえんとくちからえーえんとくちから永遠解く力をください  笹井宏之

アノニマス・エイド『東京慰霊祭』

3月11日以降、被災地の苦しみはいうまでもないが、直接の被災を受けていなくとも、深く心が傷ついて参っている人達が、あまりにも多く、その傷が意外にもとても深いことも、悲しく思っていた。
繊細で鋭敏な人ほど、傷ましい状況に胸を裂かれ、何もできない無力感に打ちのめされて自分を責め、自分が生きていることや恵まれた生活を享受することに罪悪感をもってしまう。

先日の3日の朗読会の時に、被災地を思い支援を続けるのが一番ではあるが、まずは、自分の傷を受け止め、その痛みを自らに許し、我慢せずに人に助けを求めてほしいと話した。
私は、まだ被災で苦しんでいる人達に何もできないに等しい。
それは、胸を痛めながらも、多くの人がそうで、できることは節電や募金をすること、支援物資を送ることぐらいだろう。
だが、この震災の支援は、長期に必要だ。
生きている我々が元気であるならば、できることが必ずある。
恵まれていることは幸せなことだ。それは、ありがたく感謝すればいい、自分を責める必要はない。
恵まれている者は、与えることができるのだ。
今は、心身に無理をさせず、泣きたい人は泣いたほうがいい。苦しい辛いと言ったほうがいい。それは、ごく自然なことだ。私達もまた、みな傷を負っている。
この程度の自分の苦しさなど被災者に申し訳ないと、我慢し過ぎないことだ。
程度の差はあっても、痛いことは痛いのだ。
そして、生と死は紙一重で、私達も明日が分からぬ身であることに変わりない。
だから、自分を、大切な人を慈しみ、人生の喜びを享受し、与えられた時間、与えられた命をどうか大事にしてほしい。
私は朗読の時には、あまり話はしないのが常なのだが、そのことが、いま一番言いたかったことだった。

私はまだ自分の周りの人達ができるだけ苦しくないように、言葉をかけ抱きしめることしかできない。
小さいが、それもまた一歩だろう。
朗読会の後、何人もの方に、罪の意識を感じることがないと私が言ったことや、自分が傷ついていたことに気付いたと御礼を言われた。その目には、涙がたまっていた。
押し殺していた涙を流すことで、少しだけでも心が軽くなったと言っていただけて、わずかでも自分がお役に立つことができたようで、せめてもに、うれしかった。

同じようなことを考えている人がいた。
田口ランディさんは、書くものや、心だけでなく、行動を伴う、その言動に私が信頼をおいている作家である。この震災後も、すぐさま緊急支援活動情報やもともと詳しい原発について、また信用のおける募金先などアップするなど、冷静で素晴らしかった。
そして、すぐさまこのようなイベントを人々のために開催する行動力と人間の大きさに改めて感服する。
この震災で亡くなった多くの方々を悼み、ご冥福をお祈りし、残された方々の心を鎮めようとされている。
苦しんでいる方は、ぜひ足を運ばれてはどうかと思う。
ランディさん、ほんとうにありがとうございます。

この震災の時に、すぐに人のために行動した人達を私は、ずっと忘れない。



(以下は、田口ランディさんのブログ「いま、伝えたいこと」より転載をさせていただきました)


Anonymous Aid  
無名のわたしたちが、名を知らぬ人を思う
アノニマス・エイド『東京慰霊祭』東北・関東大地震で亡くなられた方たちを悼む集い

4月10日(日)・11日(月)
共に13時~22時まで
場所 新宿 経王寺
http://www.kyoouji.gr.jp/about/access.html
〒162-0053 東京都新宿区原町1-14
03-3341-1314

ピアノ演奏 ウォンウィンツァン
      上畑正和
朗読    田口ランディ


3月11日午後2時46分、三陸沖を震源地としたマグニチュード9.0の大地震が発生しました。この地震により、1万人以上の方がお亡くなりになりました。現在も行方のわからない方が1万六千人以上いらっしゃいます。現地から離れている私たちはテレビの画面からたくさんの人たちが流され、町が濁流にのみこまれていく様子を見つめているしかありませんでした。情報は時に無情です。現実をつきつけられてもどうすることもできない無力さに、打ちのめされた方も多いのではないかと思います。
映像の前で、ネット情報の前で、無力と悲しみを感じた「アノニマス」がどれほどたくさんいたでしょうか。その方たちと現実につながり、共に哀しみを分かち合いたい。そして、この無念の思いを復興へと繋げていく絆にしたい。そう考えて、アノニマス・エイド「東京慰霊祭」を開催することにいたしました。

アノニマス・エイド
「東京慰霊祭」について

私たちはいつもネットやテレビから情報を得ている「名もなき集団」です。一般人、市民、大衆と呼ばれたりします。でも、一人ひとり心と身体をもった人間です。たくさんの人が亡くならていくのを見るのはとても辛く、知ることによって傷ついています。その感情は行き場がなく、誰とも共有することができません。いま、この大きな哀しみの時に、同じように無力さや、やりきれなさを感じている人たちと出会い、共に悼み、そして私たちの小さなや、弱さを絆にしたい。そう思ってアノニマス・エイド「東京慰霊祭」を企画しました。どうか、お近くの方はぜひ参加してください。
希望はどこか外にはない、それぞれの心のなかにしかありません。
あなたが傷ついていると、世界も哀しみます。
悼み、哀しむことを絆に、明日へ。
(呼びかけ人 作家・田口ランディ)

アノニマスとは?
匿名の人たちの集団のことです。最近では広く、名づけられていない集団のことを指します。


経王寺へのアクセス
http://www.kyoouji.gr.jp/about/access.html
お釈迦さまの浄土では、天空から妙なる音楽が流れ、身も心も清らかになるお香が漂い、池には清浄で無垢な「白蓮華」が咲いています。その蓮華の花の種が私たちの心の中にもあるといいます。みなさんの心の中の蓮華を咲かせるお手伝いをさせていただくのが経王寺です。
■所在地 〒162-0053  東京都新宿区原町1-14 
■電話番号 03-3341-1314 ファックス 03-3359-9907 
■住職 互井 観章(たがい かんしょう)
■交通のご案内 
・都営大江戸線 「牛込柳町」駅下車 東口駅前 
・東京メトロ東西線 「早稲田」駅下車 馬場下口改札より徒歩15分 
・都営新宿線 「曙橋」駅下車 曙橋口改札より徒歩15分
・バス JR新大久保駅前より「新橋」行きにて「牛込柳町」下車

■慰霊法要式について
この慰霊祭はいろいlなご縁を通じてお集まりいただいた、超宗派の僧侶のみなさまのご協力で執り行います。
10日、11日の13時、16時、19時に読経と慰霊のための音楽演奏が行われます。それ以外でもお寺は法要のために解放しておりますので、ご都合のつくお時間にご焼香、ご灯明をお願いいたします。共に悼み、語りあいましょう。

■お香典について
お香典を受け付けております。集まったお香典はテラ・ルネッサンスを通して連携するNPOやNGOに送り、義援金として、被災地復興のために役立てていただきます。

■「東京慰霊祭」タイムスケジュール
4月10日、11日とも同じ
13時、16時、19時
   入堂
   読経
   お焼香
   呼びかけ人挨拶
   慰霊音楽演奏 

   両日の20時より
   「般若心経現代語訳」田口ランディ作・朗読
    

お寺は夜10時まで開いております。
いつでもいらしてください。
共に悼み、弱さを絆に……。
   

主催 アノニマス・エイド実行委員会
   代表 田口ランディ・互井観章・橋爪謙一郎

4月10日、11日のアノニマス・エイド「東京慰霊祭」
無名のわたしたちが、名を知らぬ人を悼む

鎮魂は生きている人間のための行為だと思う。
死に逝く人はこの世の重荷をすべて脱ぎ捨てて旅発つけれど、残された者は、喪失の虚無に立って自らを責めたりする。
すべての死者が望んでいるのは、生きている皆の幸せ。
残った人たちが、それぞれの人生を楽しんでほしいと願うに違いないのに。

生きていることを、喜び楽しむこと。
それを忌むようなことを、
誰が望むだろうか。

悲しいけれど、むなしいけれど、
わたしは生きている。生きていることを讃えよう。
ありがとう。わたしはここにいます。生きています。


淡路島の慶賀堂の宮脇 繁昭さんが
アノニマス・エイドのためにお線香を5000本贈ってくださいました。
http://awaji-kohshi.com/kohshis/5.html
ありがとうございました。

当日、来てくださった方にお配りする喪章も、
いろんな葬儀屋さんが提供してくださいました。
ありがとうございました。

10、11日の両日とも、テラ・ルネッサンスの鬼丸昌也さんがスタッフとして参加
http://www.terra-r.jp/contents/?blogid=12&catid=48&itemid=186
鬼丸さんの神戸での震災ボランティア経験や、カンボジアやウガンダでの活動を通して感じたことなどを、来てくださったみなさんといっしょに車座でお話ましょう。これから被災地にボランティアに行こうと思っている人には参考になるお話がいっぱいです。


また、11日は自然治癒力学校の主催者で、カウンセラーのおのころ心平さんも参加
http://onocoroshinpei.com/
体調や精神状態に不安を感じる方や、なんとなく気落ちして元気がないという方、いっしょにお茶や甘酒を飲んで、おしゃべりしましょう。きっと、いいヒントが見つかりますよ。

両日ともに田口ランディも会場にいます。気軽に声をかけてね。
13時、16時 19時の法要式の合間にも、音楽演奏があります。

来てくれた方が元気が出て、和める会にしたいと思っています。他にも、各宗派の僧侶の方や、心理カウンセラーの方などたくさんいらっしゃいます。お気軽にご参加ください。

福島・浪江町の今/NHKクローズアップ現代

本日4月 7日の放送で、再放送もあります。
一緒に被災地の現状を少しでも把握し、私達にできることを考えましょう。

以下「Irino Sketch」の転載になります。



今日放送のNHKクローズアップ現代に、浪江町が特集されます!
以下、NHKクローズアップ現代のサイトから転載。

2011年 4月 7日(木)放送
ジャンル:社会問題 自然・科学 災害
町を失いたくない
 ~福島・浪江町 原発事故の避難者たち~
 【総合テレビ】20:00~20:43
地震、津波、そして、原発事故が襲った福島県浪江町。住民約二万人の殆どが福島第一原発から20キロ以内に暮らしていたため、いつ終わるともしれない避難生活が続いている。未だ行方不明の人々。放射性物質のため、救助にも、遺体確認にも行けないことを悔やむ人々。町を救うためにと、原発の復旧作業に向かう人。再び町に帰る日まで、町民たちのつながりを守ろうと試みる人々……。原発に対する立場や考えは様々だが、未曾有の苦難に直面し「故郷・浪江町を決して失いたくない」という思いで堅くつながる人々を通して、原発事故に直面した地元の町の今を追う。

【再放送予定のご案内】
4月7日(木)24:30~25:13〈8日(金)午前0:30~の放送です〉

Queen「手を取り合って」


私は、まだうまく動くことができない状態で、桜が咲いたのを見ていないが、外に出ると雪柳の眩しい白さに打たれる。囀りに顔をあげると、セキレイが鳴いていて、あんなに待っていた美しい春は、ここにも来ている。

3日にあった朗読会「かたりびより」のことを考えていた。
今この時期にしかないような朗読があり、お客様の反応があり、その会を受けて、その後の打ち上げでも、とても大事な言葉がたくさん交わされたが、もともと朦朧としている私の頭は朗読後さらに貧血で、うまく記憶や消化ができなかったのが残念だ。
このような悲惨な災厄の進行しているなかにも関わらず、いや、このような折であるから一層であるかもしれない、大切な友人達に囲まれ、大切な言葉に包まれていることに至福を感じ、まだ笑うことができる自分に驚いていた。

このような未曾有の災厄を眼前にし、人として、どのように生き、表現者として、どう向かい合い、何をするのか
たった一人の友人の死に打ちのめされている私にとって、一万人が亡くなるという途方もないこと 
思いを寄せるということ
思いを寄せ思いを寄せ、それでも、表現をする時には、それをいったん切り離すこと
思いを寄せたものを自らを燃やして結晶化し、そこから発すること
想像力、そして、共感、
それから、自分を開き明け渡し、自らのなかに相手を容れること
詩が<立つ>ということ
短歌が<いる>ということ
自らが通路になるということ、そして、それを背負う痛み
人の力、言葉の力、音楽の力、詩の力…
私にできること
私にできないこと…

切れ切れに残っている記憶や思考を、ぐるぐると辿り寄せる。
残された宿題は大きい。

今は、まだ何もできない
けれども、少なくとも目の前の人の手を取ることができる
そこから始めてゆくしかないだろう

  Queen「Teo Torriatte」



手を取り合ってこのまま行こう
愛する人よ
静かな宵に光を灯し
愛しき教えを抱き

  (Teo Torriatte(Let Us Cling Together) Queen live at Japan-)

三原由起子さん「強くおもうこと」

原発10km圏内の浪江町ご出身の歌人、三原由起子さんが、玉城入野さんの個人新聞「Irino Sketch」にて、今回の震災や原発に関して、たくさん発言していらっしゃいます。
ぜひご覧になっていただきたいです。

 三原由起子さん「強くおもうこと」

こちらは、三原由起子さんが運営されているブログです。
 「3月22日現在 浪江町の現状

被災され、苦しむ人達の痛みに、私達がわずかでも寄り添うことができますように。
そして、私達のやるべきことを果たしてゆきましょう。

何もできないと打ちのめされている人、私達にもできることがあります。
まず事実や現状を知ろうとすること、そして、行動すること。
無気力になっている暇はありません。

まず、都民のみなさん、都知事選は、東日本大震災が起きた今だからこそ、必ず選挙に参加してください。
せめてこれ以上の人災を、できるだけ食い止めるため、これ以上、苦しんでいる人達を苦しめないために、みなで力を合わせてゆきましょう。

「かたりびより」ありがとうございました。

かたりびより」無事終了することができました。
花冷えのなかをご来場いただき、ありがとうございました。
会いたかった人達や遠方からの方々、久しぶりにお会いする方々、初めていらしていただいた方々、大好きな人達に囲まれ、私にも個人的に胸が熱くなるような、贅沢で忘れがたい一日となりました。
それにしても、東さんの新作朗読が、凄かったですね。。。
この時期に予定通り開催することを、みなで迷いましたが、今ここで敢行したことに、大きな意味があったような気がしました。

2009年4月に肺炎のため享年90才で亡くなられた杉崎恒夫さんへオマージュを捧げるため、またその瑞々しい作品をご紹介したく、オープニングに杉崎さんの第二歌集『パン屋のパンセ』より読むことを提案しました。
東直子さんの新しいエッセイ集『耳うらの星』にも、杉崎さんのことが書かれていますが、私もその時に杉崎さんに天文台に連れて行っていただいた一人です。
私は、その時に杉崎さんに、足元の可憐な小さな黄色い花が、名前はよく聞いたことがある、「きんぽうげ」の花であることを教えていただきました。
その花の清楚な佇まいに、なんだか杉崎さんの控えめで静かなお人柄や生き方が偲ばれ、忘れられない思い出になっています。

私が読ませていただいたのは、こちらの二首になります。

                 ジュ 
  わが胸にぶつかりざまにJeとないた蝉はだれかのたましいかしら

  ゆっくりと離れていこうぼくたちは赤方偏移する星だから

私のパートの前半は、自分の既作品を読み、後半では、この震災でなくなられた方々を悼み、またこの震災で苦しんでおられるみなさまのために朗読をしました。
その最後で読ませていただいた作品は、現在も故郷福島に留まり、ツイッターで発信しておられる和合亮一さんの詩になります。
和合さんは、朗読にも力を注がれていらっしゃいます。きのうもご本人の朗読でのラジオの出演があったそうです。
遠くないうちに、和合さんご自身による「詩の礫」の朗読を聴くことが、きっとできると思います。
未見のみなさまは、どうぞ和合亮一さんの「詩の礫」をご覧ください。

 和合亮一さん朝日新聞記事

私が、朗読会やライブの好きなところは、命と命が触れ合うことができることと、一期一会の喜びにあるように感じています。
お気持ちやご事情が大変なこの折に、ご来場くださったみなさま、大切な作品を読ませていただきました作者の方々、そして、関係者のみなさま、ほんとうにありがとうございました。 

早くみなさまに笑顔が戻りますことを、心より祈っています。



◇ 伊津野重美パート  with 村上巨樹(guitar)

「そうならねばならないのなら」  短歌 伊津野重美
「dawn chorus」より  日記 伊津野重美
「れいこ」  詩 伊津野重美
「風のうた」  詩 安水稔和 
「雨ニモマケズ」  詩 宮沢賢治
「樹下の二人」  詩 高村光太郎
「詩の礫 1」  詩 和合亮一

「かたりびより」本日!

朗読会「かたりびより」いよいよ本日になりました。

本日は計画停電もなく、こんな時期ですから余計に、なんとか無事に開催できることを、うれしく思います。
いよいよ桜も咲き始めましたが、まだ早そうですね。
今日は、少し寒くなるとのことです。温かくしておいでください。

地図は、こちらが分かりやすいようです。
公園通りクラシックス 

お席には余裕がございますので、ご予約をなさっていなくても大丈夫です。
遅れても、どこからでもお入りになっていただくことができます。。
ご予約の方も、開場時にいらっしゃった方がよいお席をお選びになっていただけることと思います。
よい一日となりますように。

それでは、関係者一同心よりお待ちしています。


「かたりびより」

●日時 2011年4月3日(日) open14:00 start14:30
●入場料 2000円
●会場
渋谷・ 公園通りクラシックス
東京都渋谷区宇田川町19-5 東京山手教会B1F
地図 http://bit.ly/fZY1vX

●twitterアカウント @kataribiyori

●出演者

<朗読>
東 直子
歌人、文筆業。1996年第7回歌壇賞受賞。歌集に『東直子集』『十階』、小説に『とりつくしま』『さようなら窓』『ゆずゆずり』『薬屋のタバサ』『甘い水』など。
http://www.ne.jp/asahi/tanka/naoq/

伊津野重美
歌人。歌集『紙ピアノ』、写真集『ataraxia』、詩誌『生命の回廊』。伊津野重美ワンマンライブ「フォルテピアニシモ」http://homepage2.nifty.com/paperpiano/

オカザキなを
歌人。「歌人集団かばんの会」会員。かばん新人特集号vol.5編集人。純響社ウェブサイト(http://junkyosha.com/)にて短歌を添えたエッセイを連載中。

<演奏>
村上巨樹
蛍光灯ギタリスト。岩手県花巻市出身。蛍光灯の明滅とギターサウンドを同期させ、視覚/聴覚双方に訴える独自のパフォーマンスを展開。
http://murakaminaoki.main.jp/
プロフィール

いつのえみ

Author:いつのえみ
伊津野重美 

第一歌集『紙ピアノ』
1st Album『ひかりの素足』
詩誌『生命の回廊』発行・編集。

********************

フォルテピアニシモ vol.14
 
~ Keep the holy fire
       burning ~

伊津野 重美 朗読

2016年11月3日(木・祝)
12:30 開場/13:00 開演

場所:STAR PINE'S CAFE

前売・予約¥2,500円+1drink
ペアチケット前売・予約のみ
     ¥4500+2drink
当日¥3,000円+1drink
チケット前売発売10月3日より
 前売は店頭販売かweb予約
予約アドレス
https://ssl.form-mailer.jp/fms/f7f014c8172636

STAR PINE'S CAFE
http://www.mandala.gr.jp/

**********************

伊津野重美 1st Album 

『ひかりの素足』
歌人伊津野重美による初の朗読アルバム。
ゲストにチェリスト森重靖宗を迎えて、
宮沢賢治の童話「ひかりの素足」と
日本近代詩の抒情世界を精緻に紡ぐ。

全9曲、48分。定価 2,500+税

**********************

「生命の回廊 vol.3
『えーえんとくちから 
  笹井宏之作品集』特集号」

2011年11月刊行

井口和泉 浦歌無子 
岸田将幸 斉藤斎藤
斉藤倫 樋口由紀子
ひろたえみ 三角みづ紀
ヤリタミサコ 夕暮マリー
伊津野重美

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