スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

WILL

たくさんの誕生日メッセージをいただき、ありがとうございました。
無事に、また歳を重ねることができました。
ここ数年は、私にとっての変動期で、大きな試練の時期でした。何か遠回りをしてきた感がありますが、私の気付きに必要なことだったのでしょう。
本質を見失わず、新しいステップに踏み出されるように、がんばってゆきたいと思います。ただ前にもまして不調です。滞りや失礼など多々あることと思います。どうぞご容赦ください。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。



祖父の見送りで疲れているであろう両親のために香草をたっぷり使ってオーブンで焼いた肉やスープなど作って持ってゆく。
その道中の車内で本を開いた。
図書館で予約した本は、時には数ヶ月もかかって貸し出し可能になることもある。
この「WILL」という本も、手に取っても、どういう内容で、どうして予約をしたのかも忘れていた。
ページを開くと、冒頭から、はっとする。両親の死から始まっていて、次は、最近見たばかりの火葬場の煙突の景色が描かれていた。

買っていったホールケーキのチョコレートのプレートには、母の名と「HAPPY BIRTHDAY!」と書いてもらっていた。それを見るまで母は、翌日の自分の誕生日のことを覚えていても、その日が私の誕生日とは忘れていた。
無事にまた誕生日を迎えられたことにお礼が言うことができてよかった。
この歳になるまで、二親が健在であることは、僥倖である。

ディルを浮かべたパーム貝のスープは、思っていた以上においしかったらしく、二人とも惜しそうに貝の柱まで丁寧に食べていた。もっと持ってゆけばよかった。

贈られてきたという、大きな西瓜の1個を丸ごと持たせられる…
なぜ今スイカ?しかも、重い。。と思いつつも、これも両親の気持ちと思い、ありがたく持って帰る。



大事な人を失ったとき、人の中に生まれるのは感情と呼べるようなものではない。少なくとも私はそうだった。それにどんな名をつけるのかは、人によって色々だろう。私ならば。絶情と名づける。悲しみならば癒せる。けれど、それは感情を絶たれたその先にある。その人の中にありながら、その人の支配を超えた場所で、その人を支配する。ただ、大きな強い何かだ。
         (本多孝好 『WILL』 集英社)
スポンサーサイト

おきなぐさ

4月のライブ「フォルテピアニシモ vol.5 ~『ataraxia』出版記念~」で、宮沢賢治の「おきなぐさ」を読んだことに、瑞紀さんが日記で触れてくださっていて、うれしい。

清廉な翁草の生と、その清らかな逝き方が、昨年亡くなった笹井宏之さんのことが偲ばれ、その追悼のため、また大切な人を亡くされた方々の傷みを慰めたいと思って、選んだ作品だった。写真集『ataraxia』には、入らなかった桜の写真を岡田敦さんに投影していただく。
ほとんど白に近いような桜であるが、顔にも服にも、私が持っていたテキストの紙にも、桜が映っていたという。
またこのテキストを読むと、少年のような少年のような柔らかな心をもち続け、やはり昨年90歳で亡くなった、こちらも歌人の宝物のような杉崎恒夫さんのことも思い出す。そして、今では祖父のことも。

杉崎さんには、天文台に皆で連れて行っていただいた日、キンポウゲの花の可憐さも教えていただいた。
今回の祖父の葬送で九州に向かう時に、残された「かばん」の方々で編まれた杉崎さんの『パン屋のパンセ』を持っていこうか迷ったが、それは悲しすぎるのでやめたのだった。

納骨の折、墓石の下には3つ骨壷が並んでいるのが見えた。その一番手前のものは、小さかった。子供のために骨壷は、小さいことを改めて知り、その時の祖父母の悲しみに思い至る。幼くして亡くなった叔父は、90年以上を待ち、やっとその父と一緒になった。そして、母は、まだ生きている。
川のそばの墓地では、線香の火がつきにくい。
ここに私も父母を納める日がくるのだろうか。それとも、私が…
私は墓に入りたくない。人間も、風に飛ぶように、大地に吸い込まれるように、消えてゆければいいものを…

長く生きるということは、長く苦しむことでも、あるのかもしれない。

  父ひとり母ひとりもつ五月闇    重美



「ええ、ありがとう。ああ、僕まるで息がせいせいする。きっと今度の風だ。ひばりさん、さよなら。」
「僕も、ひばりさん、さよなら。」
「じゃ、さよなら、お大事においでなさい。」
 奇麗なすきとおった風がやって参りました。まず向うのポプラをひるがえし、青の燕麦(オート)に波をたてそれから丘にのぼって来ました。
 うずのしゅげは光ってまるで踊るようにふらふらして叫びました。
「さよなら、ひばりさん、さよなら、みなさん。お日さん、ありがとうございました。」
 そして丁度星が砕けて散るときのようにからだがばらばらになって一本ずつの銀毛はまっしろに光り、羽虫のように北の方へ飛んで行きました。そしてひばりは鉄砲玉のように空へとびあがって鋭いみじかい歌をほんの一寸歌ったのでした。

 私は考えます。なぜひばりはうずのしゅげの銀毛の飛んで行った北の方へ飛ばなかったか、まっすぐに空の方へ飛んだか。
 それはたしかに、二つのうずのしゅげのたましいが天の方へ行ったからです。そしてもう追いつけなくなったときひばりはあのみじかい別れの歌を贈ったのだろうと思います。そんなら天上へ行った二つの小さなたましいはどうなったか、私はそれは二つの小さな変光星になったと思います。なぜなら変光星はあるときは黒くて天文台からも見えずあるときは蟻が云ったように赤く光って見えるからです。

(宮沢賢治『おきなぐさ』より)

不知火

大丈夫かと気にかかりながらも、自分自身の絶不調中に、心配していた人からの着信が入り、何事か?SOSか?と胸騒ぎ急ぎかけ直すと、「よかったー。生きていたー」と言われる。
特に心配に思っていたお二人が、私のことを心配して話していたことを知る。
何かある度に機能がほぼ停止して、心配をかけてしまい申し訳ない。

そんななか祖父危篤、そして、死去の報を受け、ささいさんの一周忌のコンサートに続き、今年二度目の九州入りとなる。
急ぎ荷物をまとめる時に、本を選んで何かみなぴんと来ずに迷った末、これだと選んだセレクション川柳『樋口由紀子集』を携え、機上の人となる。
川柳の世界の深さ広さを恐れつつも、身内の葬祭時のあわあわとした珍道中めいたどこか滑稽な懐かしさは、川柳が合っている気がした。
上から見下ろす九州の地の緑は、鮮やかで美しかった。歳を取るごとに、否定してきた故郷の地の、そして、血の、抜き去りがたい因縁と力を強く感じる。

体調が優れずに申し訳ないが身を守り、ここ十年以上、仏事は失礼をしていた。
弱っている心身に、遺体との対面や骨を拾うのが耐え切れないのではないかと思っていたが、長く生きた人は、生きながら次第に仏様になっていったようで、長く生きた明るさで会場を包み、暗さはなく、私も皆も何回も顔を見て、むしろみな和やかに昔話をした。
長く連れ添った祖母が抱きかかえられ、柩のなかの祖父の顔を確認した時と、最後のお別れの時は、やはり涙がこぼれた。

五月の爽やかな季節のなかで、近くの親戚達のお陰でお通夜も告別式も納骨もなんとか無事に済ませることができた。
後始末などのためにも一週間ほどを空けていたが、思いがけなく早い日程で体が空いたので、会いたい友人達の顔も浮かんだが、結局はどこにも寄らずに空港に直行する。
それでも、やはり疲れていたらしく、私は何もしていないに等しいものの、さらにまたしばらく動けない日を過ごす。

納骨を済ませて祖父の家に戻ったばかりの時に、近くのおばあさんが、杖をつき悪い足を曳き、会いに来てくださった。歳はとられたものの、その優しい笑顔は変わらず、私が子供の時の感覚が、ふっと甦った。
見送ると、5、6歩を歩ゆんでは休み腰を伸ばし、はーっと息をついていた。そのようななかをわざわざ足を運んでくださったお気持ちに打たれ、拝みたくなる思いであった。
祖父も足が悪い人であった。もっと会いに行けばよかった。長く通って来ていたものの、私は、この地で見られるという不知火もまだ見ていない。
だが、前に見送ってくれた祖父の笑顔が、祖父のベストショットとして私の心に残っている。
主がいなくなって久しい家の庭になっていた大きな檸檬が、私の部屋で瑞々しく香っている。今度は、不知火を見に行こう。


  「この人がおらさすうちは死なれせん」足曳く祖父母ホームに残す  伊津野重美

PHOTO フォルテピアニシモ vol.5 ~『ataraxia』出版記念~

フォルテピアニシモ vol.5 ~『ataraxia』出版記念~


 薄羽をもがれ吹かれて辿り着くataraxiaに遍し 光
 

   伊津野 重美  朗読    岡田 敦  写真


日時:2010年4月4日(日)

場所:STAR PINE'S CAFE



記録写真 田中流

ie001.jpg






ie002.jpg






ie003.jpg






ie004.jpg






ie006.jpg






ie007.jpg






ie009.jpg






ie014.jpg







ie019.jpg






ie033.jpg






ie036.jpg






ie044.jpg






ie045.jpg





ie047.jpg





ie050.jpg





ie051.jpg





ie052.jpg





ie053.jpg


◇ 伊津野 重美  Emi ITSUNO

1995年より作歌を、2000年より朗読の活動を始める。
2005年に第一歌集 『紙ピアノ』(写真/岡田 敦)を風媒社より刊行。
詩誌『生命の回廊』発行・編集
写真集『ataraxia』(岡田敦・伊津野重美 青幻舎)
自らの企画で演出、出演をこなしながら、他の作家や他ジャンルとの
コラボレーション作品の制作にも積極的に取り組んでいる。
2007年より朗読ライブシリーズ「フォルテピアニシモ」を開始する。
空間と時間までも<詩>へと昇華させる朗読は、祈りのようでもある。
http://homepage2.nifty.com/paperpiano/


 ◇ 岡田 敦  Atsushi OKADA

富士フォトサロン新人賞(2002年)
第33回木村伊兵衛写真賞(2008年)を受賞。
『Platibe』(窓社) 『Cord』(窓社)
『紙ピアノ』(短歌/伊津野重美 写真/岡田敦 風媒社)
『I am』(赤々舎) 
『ataraxia』(岡田敦・伊津野重美 青幻舎)
http://www2.odn.ne.jp/~cec48450/


本公演では、岡田敦 木村伊兵衛写真賞受賞後第一作
「ataraxia」の写真をステージに映写する。

写真集「ataraxia」(岡田 敦・伊津野重美 青幻舎)
◆判型:255mm×257mm ◆総頁72頁 ◆上製 
◆予価:3,360円(本体3,200円+消費税) ◆発行:2010年1月1日

                  fortepianissimo vol.5 ~ ataraxia ~

アンケートより「フォルテピアニシモ vol.5 ~『ataraxia』出版記念~」


べそべそ泣いてしまいすみません。
最後、ステージの無人のマイクに光があたったと、そこに、逝ってしまった人が立っているようでした。



すばらしかったです
写真集買いました



声と音と映像と、極めてシンプルなステージなのに濃密な空気。
最後の最後、えみさんが光の中にいる姿を見た時、やっぱり泣いてしまいました。
もうれつに歌いたい!短歌に、えみさんに出会えて良かった!!
プロフィール

いつのえみ

Author:いつのえみ
伊津野重美 

第一歌集『紙ピアノ』
1st Album『ひかりの素足』
詩誌『生命の回廊』発行・編集。

********************

フォルテピアニシモ vol.15
 
~ All can sing ~

http://paperpiano.la.coocan.jp/sing%20html.html

伊津野 重美 朗読

2017年11月3日(金・祝)
12:30 開場/13:00 開演

場所:STAR PINE'S CAFE

前売・予約¥2,500円+1drink
ペアチケット前売・予約のみ
     ¥4500+2drink
当日¥3,000円+1drink
チケット前売発売10月3日より
 前売は店頭販売かweb予約
予約アドレス
https://ssl.form-mailer.jp/fms/f7f014c8172636

STAR PINE'S CAFE
http://www.mandala.gr.jp/

**********************

伊津野重美 1st Album 

『ひかりの素足』
歌人伊津野重美による初の朗読アルバム。
ゲストにチェリスト森重靖宗を迎えて、
宮沢賢治の童話「ひかりの素足」と
日本近代詩の抒情世界を精緻に紡ぐ。

全9曲、48分。定価 2,500+税

**********************

「生命の回廊 vol.3
『えーえんとくちから 
  笹井宏之作品集』特集号」

2011年11月刊行

井口和泉 浦歌無子 
岸田将幸 斉藤斎藤
斉藤倫 樋口由紀子
ひろたえみ 三角みづ紀
ヤリタミサコ 夕暮マリー
伊津野重美

最近の記事
カレンダー
04 | 2010/05 | 06
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
カテゴリー
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク
ブログ内検索
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。