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◇雨の匂い 虹の匂い◇ (元)河井澪さん

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「雨の匂い 虹の匂い」感想
イベントへ出かけるために家を出ると曇り空で、雨の匂いがした。これは降るなと思っ
て傘を持つことにした。
イベントが終わるまで降らなければいいなと思いながら歩き出した。

out-loungeはこれまでにも短歌の朗読イベントがたびたび行われたりしてきたけれど、
11月でビルそのものが取り壊しなのだそうだ。
もっとも、その前提で期間限定のスペースとして運営されていたわけだが、そういう
タイミングにこの場所で、このイベントが開催になったのはなんとなく偶然じゃない
ような気がする。
場所が持つ空気というか、ちからというものもライブイベントには影響を与えるもの
だ。

開演前の出演者の表情をかいまみると、充実しているような気がした。
みんな内側にしっかりと密度を持つことができているような、つまり準備段階でちゃ
んと把握できているというような安定感みたいなものか。

それでなんとなく場の雰囲気も安定している感じがあって、安心していられた気がす
る。空気は伝染する。

いちばん最初はユーリさん。トップバッターというのは緊張するものだ。まだお客さ
んの雰囲気もできていないし、それをつかんでまとめていかなくちゃならない。でも
トップバッターとしての緊張はあったものの、落ち着いてたと思う。たぶんきっと、
自分の読みたいものを読めていたからだろう。彼女の朗読の魅力はその強さだと思う
けれど、それが過不足なく発揮されていてとてもよかったと思う。

つぎに小夜さん。ユーリさんはそのまま今度は小夜さんの朗読に加わる。
小夜さんは今回のプログラムの中でいちばん朗読回数が多い。コラボレーションの関
係でほかの人たちより2回ほど多いのだが、小夜さんの実力というのはその柔軟性の
なかに隠されている。いろんな人と合わせられる。だけどちゃんと線を引いて世界観
を守っていられる。小夜さんの朗読の世界観はやわらかに広がるろうそくの光みたい
に灯されている。今回のイベントの、朗読全体のベースラインをひそかに支えていた
のは小夜さんの朗読力だと思う。

そしてキキさんが加わって3人でアスパラガスさんの詩を朗読。
アスパラガスさんはネット上でしか作品を発表していなくて、しかもそれは投稿形式
の場所だけだから作品集としてまとまっているわけでもない。でもすごく良い詩を書
いているので知られていないのがもったいない人である。
それを今回友人でもある3人がチョイスして朗読するというのはとても素敵なアイディ
アでありリスペクトなのだと思う。

最後にキキさんの作品を3人で朗読して詩人編終了。きれいにまとまった構成だった。

そして短歌のかたのトップバッターとして雪舟えまさん。
僕は雪舟さんは作品も朗読も初めてだったのだけど(もしかしたらベンズカフェで接
したことがあるかも?だとしたらごめんなさい)とても良かったです。大発見したよ
うな気持ち。静かで、ともするとか細い朗読と受け取られかねないかもしれないけれ
ど、ささやくように語りながら作品はユニークで、ときに笑えたり、どきっとしたり、
実は今回いちばんエッジが立った言葉だったかもしれない。印象に残りました。

その雪舟さんとキキさんがいっしょに朗読。並んだ姿は姉妹のよう。
でもなぜかここではそういうことが、豊かさを感じさせるものに思えたのでした。

このイベントは詩人と歌人のセッションだったわけだけど、対立するのではなく、理
解し合い、楽しみながら交流している、あたたかく、輝きのあるものだったように思
う。
それは、みんな女性だったからとか、世代がほぼ同じだったからという単純なことだ
けではなかった気がする。
そのあたりに企画・主催者である伊津野重美さんの考えや主張やセンスがあるのだと
思う。
やさしいこと、あたたかいこと、やわらかく、つよいしなやかさ、内から出る輝き、
幸福感、そういうものがひとまとまりにあらわれるというのはまれなことだと思う。

姉妹と言えば、このイベントに出演していた7人はみんな姉妹のようでした。7人姉
妹。

休憩をはさんだあと、全体の折り返し地点として伊津野さんの朗読。
構成上の要を押さえる朗読だったけれど、しっかりと歌人として、短歌朗読の表現者
としての立ち位置を示していたと思う。
そういういさぎよさ、きっぱりとした姿勢というのも、イベント主催の要として働い
ていたのだろう。
彼女は挑戦していたのだと思う。

そして伊津野さんと小夜さんのセッション。

全体の流れとして、詩人の朗読ではじまり、出演者がリレーするようにセッションで
丁寧にやわらかく入れ替わりながら中央で伊津野さんが山をつくり、歌人へと交流を
果たしながらつないで全体をまとめている。
音楽的な構成でイメージされているのかなと思う。

セッションも、詩人、歌人がバランスよく配置されていて良かった。

飯田有子さんはユーリさんの詩を朗読。飯田さんとユーリさんにはなにか通じている
ものがある気がする。作品や朗読から受ける印象だけど。だから飯田さんがユーリさ
んの詩を選ぶのは自然な気もする。不思議な納得のしかたかもしれないけれど。

飯田さんの短歌も言葉の組み合わせが際立っていてユニークな、印象強い作品が多い
のだけど、今回はセッションになることで朗読表現での広がりを特に楽しんでいたよ
うに思う。

最後に安田倫子さん。
今回の朗読イベントの中で、安田さんのカラーと言うのはちょっと特別だった気がす
る。
それは、なんというかとても現実的なみずみずしさを持つもので、地に足のついた感
じを意識させるものだったのではないだろうか。
そういう安田さんの詩と朗読が最後にきたのはこのイベントの締めとしてとても落ち
着きを与えるものだったと思う。
雨が降った後の、それこそ虹の匂いが立ちあがるかのような感じと言っては比喩に過
ぎるか。
「雨の匂い 虹の匂い」というタイトルはアリストテレスが雨の降った後の匂いを虹
の匂いだと言ったところから取られているのだとか。
今回のイベントでいえば構成とそれぞれのセッションは雨の光の舞うようであり、ま
ぶしく美しいイメージを発していたように思う。
そして虹の匂いと言うのはここでは、心で感じる幸福感のようなものであったと言え
ないだろうか。

雨の匂いはすでに実際の空気に満ちていたのだから。

出演者のみなさん、イベントを影で支えていたスタッフに徹したみなさん、企画・主
催の伊津野さん、お疲れ様でした。
おめでとうと言いたくなるイベントでした。
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◇雨の匂い 虹の匂い◇ ヤリタミサコさん

詩人のヤリタミサコさんが、アンケートをもとにわざわざ加筆くださいました。
お忙しいなか恐縮でした。たいへんありがとうございました。

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ヤリタミサコが当日書いたアンケートに、後日加筆しました。

■印象に残った朗読はありますか?

ユーリさんの声が、ハリがあってエナジーがあってイイ声ですね。
外に向かって出て行く、どこかヤンチャな感じが好きです。
外界に対してもつ、違和感とか敵意みたいのを表すのが私は好きで、
飯田有子さんの短歌にも顕著なものがありますが、
ユーリさんの詩にも、外界に対しての苛立ちや、
エネルギーをもてあます感じとかを感じます。
他のみなさんが繊細な、柔らかな、薄さ、美しさ、というあたりに
集中した感じがあったから、ユーリさんがハツラツとして際立ったかもしれません。
ハンサムな女の子、かな。

また、 ④のキキさんの部が、工夫があっておもしろかったです。
キキさんは、どちらかというと押し出さずに
すーっと水が流れていくような自然な感じに行くかただと思っていました。
が、今回は技術としてのアーティフィシャルな場を与えてくれました。
楽しい裏切りみたいで、私は目を開かれた思いです。

雪舟えまさんの独特の存在感、個性的ですね。
テンポといい、マイペースな感じかな。

■「雨の匂い 虹の匂い」についてのご意見・ご感想、出演者宛てのメッセージなど
  どうぞご自由にお書きください。


天使的な、個別の人間存在を超越した瞬間がみんなそれぞれ、ある瞬間ありました。
全体に、皮ふの薄さがヒリヒリと伝わってくるものでした。
心のひとひらのふるえが、声を出すとそうなるでしょう、という感じです。
特に小夜さんには、この天使性を強く感じました。

そして、最後の安田さんの声が、なぜか安心するものでした。
どこか、地についているのですね。
安田さんの声からは、はっきりと人間は土からできて土に返るんだ、という
天使性以外の土着性みたいのを感じます。
例えばコンサートや映画などで、あまりにイイもの見て感じちゃうと、
日常に戻るのがむずかしくなりますよね。そんな感じで進行していたのです。
でも、最後に安田さんの声で、日常に戻る準備ができてきた、というか、
クールダウンかな。聞き手には、ありがたい位置でした。

同じテキストをいろんな人がよむのはとても実験的でよかったですよ。
とくに、短歌では、有子さんのも重美さんのも、
人によって全然解釈がちがう。リアリティがちがうのですね。
有子さんの短歌の、ものすごくひねくれたお茶目さと冷静な技巧と、
戦略的なペルソナと、無防備に無謀に見せているところと、私は大好きです。
そういった要素が、人によって増幅されるところが違うのですね。
楽しかったですよ。
音楽でもカバーバージョンによって、
オリジナルの中のある要素が際立つものもありますしね。
そして、安田さんの「ねむるいき」の2人のヴァージョンは大成功ですね。
平かなで書かれているから、読み手がその詩の中に
入り込んでいきやすい。

伊津野重美さんには、もう何もいえないくらい、圧倒されましたね。
あれこれ言いません。
「もう死んだっていいんだきっと」のカミソリのような切っ先で
すーっと透明に切り裂かれました。

◇雨の匂い 虹の匂い◇ かわえひふみさんの日記

詩人のかわえひふみさんの日記から。
舞台表現にも造詣が深い、かわえさんにこのように書いていただき感激です。
ありがとうございました。

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大塚の1ヶ月後には取り壊されるビルの5階「out-lounge」。

エレベーターはなく、4階の踊り場で蒼い自転車にかかっている看板の「あともう少し、頑張って」という言葉に疲労を気づかされ、かえって困憊。だめだよ、体に思い出させちゃ(笑)。ぜーはー

女性詩人・歌人が7名で、詩人が短歌を、歌人は詩を朗読するという試みなのだが。ただ単に役割を交換というのではなく、輪唱のように追いかけていったり、ひとつの語を同時に発声したりと組み合わせの妙があった。ひとつの作品がまるで別もののようにさまざまな光景が「見え」たのだ。

一番素晴らしかったのは、リーディング・パフォーマンスではなく、出から、はけ方、すべてに神経を行き届かせて、1個のりっぱな舞台にしていたことである。

可淡ドールの化身、そして一人天井桟敷(いや朗読の感じが^_^;)、伊津野重美すばらし。

 歌人:伊津野重美、飯田有子、雪舟えま
 詩人:イシダユーリ、キキ、小夜、安田倫子

http://d.hatena.ne.jp/kawae123/20061023

◇雨の匂い 虹の匂い◇ 池野浩之さん

池野浩之さんのアンケートから。
2002年アスベスト館から、ずっと観に来てくださってありがとうございます。

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■印象に残った朗読はありますか? 

ねむるいき     伊津野さんの朗読と飯田さんの朗読とが
            記憶を介してかさなりました。

■「雨の匂い 虹の匂い」についてのご意見・ご感想、出演者宛てのメッセージなど
 どうぞご自由にお書きください。


やさしい雰囲気でよかったです。

飯田さんのイスを奪ってしまい申し訳ありません… 

◇雨の匂い 虹の匂い◇ R・Sさん

R・Sさんのアンケートから。
ありがとうございました。またどうぞよろしくお願いいたします。

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■印象に残った朗読はありますか? 

どれがという事ではなく、全体的に美しい音楽を聞いているようで、
声の力というものを感じました。
言葉の意味ではなく、感覚で中に入って来るようで、とてもいやされた気持ちになりました。

■「雨の匂い 虹の匂い」についてのご意見・ご感想、出演者宛てのメッセージなど
 どうぞご自由にお書きください。


これからもこんな場を続けてほしいです。
誘って頂いてありがとうございました。

◇雨の匂い 虹の匂い◇きじとら猫さん

きじとら猫さんのアンケートから。
初朗読イベントたのしんでいただけたようで、うれしいです。
ありがとうございました。

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■印象に残った朗読はありますか? 

安田さんの詩を いつのさん、飯田さんがそれぞれ読んでいたのが印象的でした。
同じ詩とは思えません。すごいです!
  
■「雨の匂い 虹の匂い」についてのご意見・ご感想、出演者宛てのメッセージなど
 どうぞご自由にお書きください。


みなさん、とても素敵でした。
夢のような時間をありがとうございます。

◇雨の匂い 虹の匂い◇西巻 真さんの日記

歌人の西巻 真さんの日記から。
初朗読イベントに選んでくださって、ありがとうございました。

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伊津野重美さんの朗読を聞きに、大塚までイベントに出かけました。今回は一人でGO。

『雨の匂い、虹の匂い』

方向音痴なのでちょっと早めに出たのですが、案の定、大塚駅で遭難!!

5時スタートのところ、
5時10分くらいに到着してしまう…。(いつものことだ)

おそるおそる扉をあけると。
「い、いかん。みんな真剣に聞いてる!」

会場は満杯。

しかもみなさん、ものすごくシーンとしていて、あきらかに遅刻して入っていくのが「ごめんなさい」な感じ。

すごくあわててしまって、「1500円です」と言われたとき、手に財布を持っていたのにバックのなかを探したりして…。

つまるところ、いつものcocoaでした。(だめだなぁ)

             ※

朗読、はじめて聞いたのですが、やっぱり上手な人は全然ちがいます。

声のうしろからアウラのようなものがただよっています。

シャワーのように言葉を2時間浴びて、なんとなくことばのほきゅうができたみたいです。

もうちょっといろいろな朗読が聞いてみたくなりました。

どなたかお知り合いの方がいらっしゃるかな、と思っていましたが、満杯の会場に存じ上げている方はおられず。

けっこう朗読ファンの方、短歌以外の世界にもたくさんいらっしゃるみたいです。

うん。わかるわかる。cocoaもまた行きたいよ。

詩の朗読も楽しい。これをきっかけに詩人になろうかなぁ。

             ※

帰り道、なぜか今まで手に入れてなかった飯田有子さんの『林檎貫通式』を手に入れて、ポストカードまでもらって、とてもほくほく。

喫茶店に立ち寄ってじっくり読む。

すきすきすき。この世界すき。

有名な歌以外にも、いい歌たくさんあるよ。1500円は安い。

・新発売のファンタのげっぷしつつみな人工呼吸にあこがれている

・なにもかも何かにとって代わられるこの星で起こることはそれだけ

・オーバーオールのほかなにも着ず春小麦地帯をふたり乗りで飛ばそう

・まりこさんまりこさんなら誰でもいいきゅうりパックの隙間より笑む

・折り重なって眠っているのかと思ったら祈っているのみんながみんな


あれれ、まだ書きたい歌が10首くらいあるよ。

最近読んだ歌集のなかでベスト5に入るくらいいい歌集です。

買うべし。未読のひと買うべし。

ということで、また朗読イベントに遊びにいこーっ、と。

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=250221181&owner_id=2255021&comment_count=8

◇雨の匂い 虹の匂い◇村田活彦さんの日記

リーディングでご活躍されている詩人の村田活彦さんの日記から。
ありがとうございました。

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大塚のout-loungeというイベントスペースで行われた朗読ライブ
「雨の匂い 虹の匂い」を聴きに行く。
小雨が降って、大塚駅からの道のりには本当に雨の匂い。

out-loungeのビルは
もうすぐ取り壊しだそうです。
飯田有子さんがMCで言ってた。
「皆さんが座っている場所は、一ヶ月後、雨が素通りします」


出演者の静かなエネルギーが伝わってくる
贅沢なライブだった。
特に短歌の伊津野重美さん、飯田有子さん、
そして詩の安田倫子、倫ちゃん。

伊津野さんの、発声前の一瞬ですでに客席をひきつけてしまう濃密な空気。
有子さんの、ぶっきらぼう過ぎない突き放し方。
倫ちゃんの、背筋をただして丁寧に語ろうとする佇まい。


耳を傾けながら
朗読するって何だろう、とずっと考えていた。
朗読でこそできること。朗読でなきゃできないこと。

聴く立場で考えると、短歌の朗読と自由詩の朗読では
短歌の方がずっと作品に入りやすいように思える。
57577のリズムはもちろん、なにしろ短い。
31文字で完結することがわかってるから
音と意味を受け止め、イメージするということがしやすい。

とはいえ自由詩であっても
朗読で聴いてこそ面白い形というのはあるだろうし
それをいろいろ考えるのは楽しそうだ
というか、楽しいからやってんだな、おれ。

そんなふうに
思わず自分ももっと気合い入れるぜ的な興奮で
鼻息の風圧が高まるくらい
この日の出演者が発するエネルギーは絶大だったってことです、はい。

http://blog.goo.ne.jp/inthenameofmyself/d/20061022

◇ 雨の匂い 虹の匂い ◇雪舟えまさん

出演者で歌人の雪舟えまさんからのメッセージです。
お疲れ様でした。えま&キキユニット誕生でしたね。
ありがとうございました。

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えみちゃん

今回は素晴らしい企画に声をかけてくださってありがとう。
ライブの熱さめやらぬ深夜から飛び交いはじめた
出演者のみんなのあたたかく優しいメールの数々。

作品は人柄。人柄は空気。あの充実した空間にいられたのは奇跡のようです。

えみちゃんのリンクから 当日の感想を書いてくださった方のページを読ませていただきました。
下に書き込みを下さった白井さんはじめ
お客さんたちが あの会場から感じてくださった熱いものを知ることができました。

えみちゃんの朗読は 祈りで歌で踊りで 呼吸で脈拍で
手のひらに熱い血の流れを感じるような
かんたんには理解したなんていえない遠くで
強く明滅してわたしにするどいものをつきつけてくるよ。
こういうかたちにひとがいるということを そこからは逃げられないということを
壁際からみつめていました。

今回えみちゃんの
主催者としての側面をみられたのが とても勉強になりました
わたしは、ちょっと(いや、かなり)抜けてて
まとめ役としてはかなり駄目な部類で
前回のライブもゲストのかたや お友だちに引っ張っていただいて
ようやく形にできたというか。
回を重ねて少しずつ成長してゆきたい。

「雨の匂い 虹の匂い」から 新しくまた始まった予感がしています
とても幸福です。誰もかれもとわけあいたいような。
誰にもかれにも あげたいような。

http://6629.teacup.com/mamix/bbs

◇ 雨の匂い 虹の匂い ◇相槌太郎さんの日記

相槌太郎さんの日記です。
あたたかい感想をありがとうございました。
音を大切にするために空調を切ってしまっていたために、暑くなり申し訳ありませんでした。
それと、何かやるとは思っていたのですが、みなさんをご紹介までしてほっとしてしまい、
一人だけ感想を求めるのを抜かしてしまいました。ユーリちゃん、ほんとうにごめんなさい。。
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今日は大塚駅まで朗読会を聴きに行ってきた。(満員でした)
詩人4人と歌人3人とのコラボレーション。
自分の作品ばかりでなく他の人(他人?)の詩や短歌を朗読していくという斬新な試み(重美さんの演出)。
私は知人の朗読会に数回伺っただけなのでこういうのは初めて。一晩寝ては忘れてしまうので思い出しながら感想を書いてみる。
事前にプログラムが公開されていたので、書き出して持って行ったのですが暗くて読めない(大体電車の中で読みながら来たので覚えてましたが)。気を取り直して集中して聴く。
イシダさんの朗読はハッキリした声で聴きやすかったです。それと朗読と朗読の間のちょっとはにかむ仕草か印象的でした。
小夜さんは7色の声を持っているんじゃないかと思うくらい相手によって声が変わるという印象でした。キキさんは「素直で真っ直ぐな声」でスーと入っていける感じでした。この三人で歌った(朗読じゃないです)アスパラガスさんの詩は心に響きました。雪舟さんは作品から来る印象と違い繊細な人でした(顔も声も)。一部終了ここで休憩
二部の最初は重美さん。
噂では聞いていたのですが場の雰囲気が一変して(マリアの心臓に行ったみたいでした)舞台と声の一体感が凄く汗ばんできました(クーラーも効いてませんでしたが)。
飯田さんはすごくチャーミングな方で声だけでとろけてしまい本にサインを頂くのも忘れてしまいました。
安田さんは下町のチャキチャキ娘という感じの方で、迫力がありました(今度映画館にも足を運びたくなりました)。また同じ作品でも朗読される人によって印象がまるで違って聴こえるのも新鮮でした。最後に一人づつ挨拶され(イシダさんが抜けてましたが)小夜さんのときは私も何故かウルウル。皆さん朗読しているときと違うホッとした様子が感じられ出来たらこのメンバーでもう一度聴きたいと思いました。それにしても暑かった!帰りはタイトル通りに雨の匂いの中帰りました。

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=250222678&owner_id=5274627&comment_count=8

◇雨の匂い 虹の匂い◇K .Hさん

K .Hさんのアンケートから。
ありがとうございました。
K .Hさんのような方から、このように言っていただけて光栄です。
是非ご一緒いたしましょう。何か新しいことを。

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■印象に残った朗読はありますか? 

読みあいっこする企画そのものがおもしろかった
全員すばらしかったです。満足
「ーキライキライ」の2人のバージョンは印象的だった
  
■「雨の匂い 虹の匂い」についてのご意見・ご感想、出演者宛てのメッセージなど
 どうぞご自由にお書きください。


いつのさん 今度、何か一緒にやらせて下さい。
まずは12月西荻でお会いしましょう。是非。

いつのさんをサトミキさんが舞踏…?だよね
と言っていたのがわかりました。

◇ 雨の匂い 虹の匂い ◇飯田有子さんの日記

出演者で歌人の飯田有子さんの日記です。
お疲れ様でした。ベストリーディングをありがとうございました。

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 詩人の詩を歌人が読んで、
 歌人の短歌を詩人が読んで、という、
 このジャンル越え企画は歌人の伊津野さん。
 
 ◆
 私はイシダユーリさんの詩を読みました。
 リピートとスピード感の心地よいなかに、
 「うっかり重大なことまで言ってるじゃん!」
 (by村田ポチ氏)という作風。
 
白鳥忍はほんとうはモンゴルの人で
本名はもちろん白鳥忍ではないけれど
だれかが彼を白鳥忍と呼んで
彼自身がもしかしたら彼を白鳥忍と決めたのかもしれなくて
キックボクサー白鳥忍の発音する
後ろ回し蹴りのイントネーションがすき
白鳥忍はとてもつよい
 (イシダユーリ「マス」より)
 
 ◆わたしの短歌をイシダユーリ&小夜さん、伊津野さんが朗読。これが不思議でちがってきこえる。
 
婦人用トイレの表示がきらいきらいあたしはケンカ強い強い(「林檎貫通式」より)

 ユーリ&小夜コンビは二人で同時に、
 あるいは輪唱のように。
 きかん気の女の子的迫力。
 伊津野氏の声は呪文のようだ。

 声を重ねて読むというのは自分でも 
 長いことやってみたかったことで、
 こんな形で夢をはたしてもらったのが嬉しい。
 
 ◆
 キキ氏と雪舟えま氏は独特の妖精感で一緒に読むムードが双子。キキ氏はやさしい顔で練習に容赦ないダメだしをしたというし、えま氏は二次会会場であんきもを嬉々と迎え「あんきもエンジェル」と命名された。

秋は容赦ない美化委員だとおもう
秋はもっともいきものがしぬんじゃないかとおもう
(「秋」雪舟えま)

 ◆
 安田倫子さんの「ねむるいき」を伊津野さんとわたしが続けて朗読。575のような目に見える形式はないのだけど、独特の循環するようなリズムがあるテキスト。さらに伊津野さんはアレンジをかけて、かたこととさせる。うわあ思いつかなかったよー。
 「同じ詩とは思えないほど読み分けが面白かった」とお客さんの感想。そのアレンジのおかげです。 
 
 伊津野さんの歌集「紙ピアノ」を詩人3人が朗読。
 ストーリーを内包する情感あふれる歌を一首、
 えらびだして詩のラストにおくと、
 長歌ー反歌のように、 
 反射するガラスのペーパーウエイトみたいに聞こえる。

息ひとつほどけてゆきぬ あなたから遠いわたしの冬のはじまり(伊津野重美「紙ピアノ」より)

 ◆
 いろんな形で女性性をテーマにしている人たちが集まった、
 という印象があります。

おんなたちはがまんして
ぎりぎりまでがまんして
なにひとつもたず
だれのてもかりずに
(ひとりで ゆきます)
ぬれたせなかをまっすぐのばし
ゆっくりたちあがる
 (安田倫子「じょうはつざか」より)

寝返りをうつたびに
わたしのまわりをくるっと飛んだ
午後 目覚めたとき
鳥はひとりになるでしょう
 (「午後」詩:アスパラガス 朗読:小夜)
 
 ◆活字で読むのと、声に出して読むのとではテキストの体内に入ってくる深度がちがう。いいテキストにめぐまれたイベントでした。関係者来場者へ感謝します。

 ◆密度の濃いこい2時間で、お客さんたちはつかれなかったかな。ちょっとくすぐってあげたかったです。
 
 かけあしレポートでした。 

◇ 雨の匂い 虹の匂い ◇キキさんの日記

出演者で詩人のキキさんの日記です。
お疲れ様でした。最初から最後まで、伴走いただき感謝しています。
それに、美しいタイトルとフライヤーデザインもありがとうございました。
今朝はイベント直後から降り出した雨があがり、虹が出たそうです。
雨が降らないと、虹は出ないのですよね。

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■雨の匂い 虹の匂い(長いあとがき)
しずかに雨は降りはじめ、今も続いている。天気につられ、わたしは泣いたりしていました。

イベントにご来場くださったみなさま、(見ているかわからないけれど)ありがとうございました。あの場にあったすべてのものは、あそこにいたすべてのひとが等しく共有すべきものだと思います。わたしの友達にも言ったことだけど、発する側と受け取る側にへだたりなどなくて、詩や歌は共有してはじめて力が生まれるのだと思いました。

若い女の子ふたりの、表現したいという純粋な欲求がキラキラしていてとてもまぶしかった。それさえあればいいのかも、とさえ思えました。それだけが、ひとの心を動かすのだとも。それから年長組(ごめんなさい)のしなやかな強さに打たれ、おろおろとした気分になりつつも、自分のこの半端さのなかには、わたしにしかないものも含んでいることに気づかされたりしました。わたしはわたしでしかないことが、情けなくもうれしい。

1週間前にも詩人と歌人の混在するイベントがあり、そこでわたしは歌人の方たちの短歌へ傾ける愛情の深さに勇気づけられ、一緒にいた友人、今回一緒に舞台に立った出演者でもありますが、彼女たちの顔つきと姿勢ががらりと変わってゆくのを見ました。わたしもたぶん同じ顔をしていたと思う。

わたしにとって、詩を書くことは楽しい遊びであり、自分の存在を確かめるためのものでもあり、また救いでもありました。でも朗読はまた別物で、人前で声と身体だけで表現するということが今でもとても怖い。以前、なのに何でやるの?と聞かれたことがあったっけ。なんて答えたかな。

自分を縛っているものは自分自身でしかなくて、わたしはひとつ朗読をするたびに、少しずつ解放されていく感じがしています。怖いからこそ。

 *

てへ。最後にお詫びを。
MCが苦手で、絶対に喋らないと心に誓っていたのですが、最後に気を抜きました。ご挨拶のときに、失言を。。言い訳みたいでも、わたし自身の言葉できちんと言っておかねばならないことです。

「こんなにきちんとやったイベントは初めて」と、言ってしまったのですけど、今まで参加してきたイベントは、出演かプロデュースに、わりときっちりと役割が分かれていて、今回のようにすべてを通して関わったのが初めてで、それは得がたい初めての経験でした。

どのイベントもわたしには特別で、そしてすべてにおいて、まったく異なった試みをしてきて、そもそも比べられるものではありません。わたしの唯一、人に自慢できるところは、全部一歩も引かずにがんばってきたこと。すべてのイベントに価値があったと思っているし、わたし自身も、それらのどのイベントにも恥じるところはまったくありません。

 *

たかが詩であり、たかが歌です。言葉はただのツールです。そのつもりがなくてもうっかり口が滑ったりもする。やっかいです。大事なものはいつも言葉の向こう側にあって、でも言葉は他者(あるいは世界)と自分を繋ぐ魔法です。わたしはわたし自身の言葉を引き受けていく覚悟はとうにしていましたけれど、あとは大事なことを忘れないように、それから自分を見失わないように、と思います。なんだか振り出しに戻されたというか、皮が剥けたというか、いきなり純真さを取り戻したような気がしています。ここからまた始めなおさないと。そんな気持ちです。

http://www.enpitu.ne.jp/usr6/bin/day?id=67736&pg=20061024

◇ 雨の匂い 虹の匂い ◇死紺亭柳竹さんの日記


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きのう、大塚の、もうすぐ取り壊されるビルの5階にある、アウト・ラウンジという場所で、歌人の伊津野重美さんの企画・主催による「雨の匂い 虹の匂い」という朗読会があって、見物してきた。

本人ではなく、他者が読むというだけで、ここまで可能性が広がるのか、と思った。

出演は詩人・イシダユーリ・小夜・キキ・安田倫子、歌人・飯田有子・伊津野重美・雪舟えま(敬称略)。

いろいろと言いたいこともプラス方向であるけれども、この会の余韻は独り占めしたいので、言わない。

いいイベントをありがとう、いつのさん!

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=250764293&owner_id=1046799

◇ 雨の匂い 虹の匂い ◇イシダユーリさんの日記

出演者で詩人のイシダユーリさんの日記です。
お疲れ様でした。ありがとうございました。

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「雨の匂い 虹の匂い」がおわってから、なんだか気持ちが高ぶっていて、なかなか平常心にもどってこれなかったので、今日は東京国際映画祭での「dog bite dog」をみたあと、友達を誘って、カラオケに行ってきました。ちょっと落ち着きました。

本当は本編の感想を書こうと思っていたのだけれど、なんとなくもったいないような感じがするので、自分の話をメモのために書いておこうと思います。なんだか申し訳ないのだけれど、素敵な経験はなんとなくとっておきたい気分になってしまって。。
あらためて、ご来場いただいた皆様、主催の伊津野さん、共演者の皆様、スタッフの方々、ほんとうにありがとうございました。


詩そのものはまた別ですが、わたしにとって朗読(ワニラは別です、あくまでひとりで自作を読むときの話)というのは、怒り、苛立ちの表出そのものでした。そしてそれはいまでもあまりかわらないし、いつまでもそういう側面をもつものだという風に思う。けれど、わたしはやはり人間である以上、怒ってばかりいる自分、怒ってばかりいる状況にうんざりするし、そこから抜け出したいと思う気持ちももってきた。その揺れを朗読するたびに感じてきました。自分のいたいところにいることが、結果として、自分の怒りと手をきることになり、そのときいったい自分はどのように朗読すればいいのか。いったいどこに自分が立ったらいいんだろうと思って。いつもそんなような不安があった。
今回、詩もそんなタイプの詩を選んだこと、かつ、喜ばしい場であったことに、正直すごく不安を感じていました。そのような場でこの選んだ詩をうまく読めるのか、ということ。
矛盾があるのではないかとか。。
けれど、実際、やってみたら、なぜか、できた。
怒りを過度に表出せず、怒りにひっぱられることもなく、詩を読むことができました。
正直、こんなことははじめてでした。
自分の詩を怒りにひっぱらせて、口から出すということを、せずに、詩そのものをわたしのなかにもう一度通して、声に出して読むことができました。
だから、今回、本当に、いつも自作を朗読した後に感じるような後悔、恥ずかしさ、申し訳なさ、というものを一切感じなかった。
とても、すっきりした、読めてよかった、聞いてもらってよかったという気持ちだけが残りました。
あとからだけれども、驚きでした。
そうか、こんな風にも、自分の詩や朗読というのは存在していけるんだと思って。
それはもちろん、共演者の方々の朗読やイベントの流れそのものによっても思わされたことです。
わたしはどのように居てもいい。
ただ、わたしのここ(胸をたたいて)がどのような風なのかを、そしてそのことによって世界やそこにいる人たちにどのように手や声をひろげるのかを、しっかりと捉えていればいいんだと思いました。

なんだか、本当に、あたらしいところからまたはじめられるような気がします。
生きていたら驚くことばかり。
当たり前のことほど、すぐ忘れて、
それにいつも驚いて、
けれど、驚くたびに、あたらしいはじまりがあるのだと思う。

◇ 雨の匂い 虹の匂い ◇小夜さんの日記

出演者で詩人の小夜さんの日記です。
お疲れ様でした。ありがとうございました。

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「雨の匂い 虹の匂い」無事、終了しました。
たくさんの方がきていただいて嬉しかったです。本当にありがとうございました。
また、会場はかなり暑かったのではないかと思います、その中で最後まで見てくださったことに、感謝いたします。


今回のイベントで、わたしはうつくしいものにたくさん触れました。うつくしい姿や、想いや、声や、言葉や、たくさんのたくさんのものに。
主催者の伊津野重美さんの志の高さや姿勢、出演者に向けられた思い遣りや尊重の心配りには、いつもいつも目を覚まされる思いがしました。
また、出演者の、本当に、寄りかかりあうのではなく、みんなひとりひとり立ちながら手をつないでこのイベントに取り組んでいこうという姿に、何度も励まされ、私自身の立つ力になりました。
幸運なことに、誰かの作品を読む、という機会に私は恵まれたのですが、そのときにも読むことを快諾してくれ、解釈や読み方を委ねてくれ、そこに流れる信頼と広さのようなものに打たれました。また、誰かとひとつの作品を読むときにも、常にお互いの意向をきいて朗読をつくっていくことができて、幸せでした。

そして、もう何度も朗読をきいていて、その人の朗読が私にとっては「いいもの」であることを知り尽くしている方たちが、今回のイベントでは、今までで一番力強いパフォーマンスをしていたように感じ、感動しました。
たぶん皆が本当に、真剣に取り組んで、そして、あの場に立てることの喜びをかみしめていたのだと思います。

それから、今回、あの場で読んでみて、私は、私の中に何があるのかを、何をしたいのかを、まだまだ知れていないのだと思いました。自分がどう立ちたいのかという確固たるものが欠けていて、それを良しとするか悪しとするかは別として、ただ、それに気づけたのは、私が、わからないならわからないなりに自分を外に開こうとした、そういう朗読があったからなのだと思いました。それは、ぎざぎざとして聞き苦しいものだったかもしれないと、今は思います。けれど、そういうわがままな開放が可能だったのは、あのイベントが、あそこにいた人たちが、あの劇場と外でしとしと降り始めていた雨が、それを許してくれたからなのだと、改めて実感して、それに本当に感謝したいです。


うつくしいものの破片が目にたくさんたくさん残っていて、だから、日常の生活をするのがちょっと痛くてまぶしいです。開いてしまったドアがちゃんと閉まってないのかもしれません。でも、このイベントに出られたことを糧として、もっともっと、行きたいほうへ、歩いていこうと思います。

伊津野さんをはじめ、出演者、スタッフの皆さん、おつかれさまでした。
そして、ご来場くださった方、これを最後まで読んでくださった方、本当に本当にありがとうございました。

http://www.enpitu.ne.jp/usr8/83034/diary.html

◇ 雨の匂い 虹の匂い ◇ thank you♪

     ◇ 雨の匂い 虹の匂い ◇

       2006.10.22.sun.
        17:00 start
         out-lounge

          
           朗読

飯田有子  〈西荻パラソル日和〉
       http://blog.livedoor.jp/nishiogi_parasol/

イシダユーリ〈DrooL CreAm〉
       http://www.aa.alpha-net.ne.jp/cream08/index.html

伊津野重美 〈paperpiano〉
       http://homepage2.nifty.com/paperpiano/ 
      
キキ    〈魚の祭〉
       http://homepage3.nifty.com/fish/

小夜    〈吹き溜まる、自転車の道で〉
       http://members.at.infoseek.co.jp/fukidamarist/

安田倫子
http://www6.ocn.ne.jp/~eigakan/document/d-poet/Yasuda/Yasu_05.html

雪舟えま  〈地球の恋人たちの朝食〉 
       http://www.fastwave.gr.jp/diarysrv/mami_ema/


        staff

音響            上條慎太郎
デザイン          キキ
企画・主催         伊津野重美
制作            pigeonblood
special thanks    あかばねやすこ シゲカネトオル

◇雨の匂い 虹の匂い◇村田活彦さん

リーディングでご活躍されている詩人の村田活彦さんのアンケートから。
ありがとうございました。

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■印象に残った朗読はありますか? 

  有子さんが詠んだユーリのドムドムザブングル 有子さんの自作 
  いつのさんの「すず」と紙ピアノ
  りんちゃんの一連の自作詩 
  キキちゃんが詠む「秋」  他たくさん
  
■「雨の匂い 虹の匂い」についてのご意見・ご感想、出演者宛てのメッセージなど
 どうぞご自由にお書きください。


 実にぜいたくでした。
 朗読って何だろうということを
 ずっと考えながらきいていました

「雨の匂い、虹の匂い」ぐっさん☆さんの日記

転載のご了承と初短歌をありがとうございました。

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「婦人用トイレ表示がきらいきらいあたしはケンカ強い強い」

と、二人の詩人が短歌をハモります。

イシダユーリさんと小夜さんによる朗読は、時には片方が、時には同じ歌を順々に、時には二人同時にと、目をつぶると、不忍池にに雨が滴りはじたかのように明滅します。

大塚駅から神社の前を抜けて、通りを左に入ると、来月には取り壊されてしまうビルがあります。
階段を5階まで駆け上がると、配線を剥き出しにした天井と、部屋の中に「く」の字におかれた白い壁を持った場所が「out-rounge」です。
来月には雨が素通りに入ってしまうこの場所で、10月22日、「雨の匂い、虹の匂い」が開かれました。短歌と詩の朗読を聞く会です。
詩人が4人、歌人が3人。出演者は全員が女性の朗読会でした。
詩人が短歌を朗読し、歌人が詩を朗読する、ということは必ずしもないことではないのです。ただ、今回は、歌人の演者が詠んだ短歌を詩人が朗読し、詩人の演者が書いた詩を歌人が朗読する、という二つのことを一つの場所で行うという、珍しい会でした。

40人程度のお客さんでいっぱいになってしまう会場から客席の電気が消えると、詩人のイシダユーリさんによる、彼女自身の詩の朗読が、高いところに芯を置いた太い声で二編つづきます。
そして、詩人の小夜さんと二人でイシダユーリさんの詩を朗読の後に二人で読んだのが冒頭の歌です。飯田有子さんのこの歌は、この日、人をかえ、読まれる場所を変えて、四回読まれました。


この後も、朗読がつづくのですが、印象にのこった朗読や歌をあげていきます。
「ここにいるあなたはたしかにそこにいる私をつつんで思い出になる」

はかない意味を力強い調子で歌われた歌を、詠み人の伊津野重美さんは、何度も一つ一つの句をリフレインさせながらこの歌を歌います。
一番最後にどれくらい流れたかわからない「ここにいる」、は短歌から分解され、消えてしまうのでした。手紙の中や、百人一首では、短歌や漢詩の下の句や上の句だけが引用されて微妙な雰囲気を伝えることがよくあります。短歌は五七五七七というのは間違いで、たまたま僕等が日本語として残るのを見ると、31文字になっているのをあとから日記に直すと痛感させられるのです。

「終電のネバネバしなる吊り革を一瞬触って隣にうつる」(飯田有子)

「この空はあなたと同じ青さ持つあなたが私を忘れる日にも」(伊津野重美)

「どこにいてもバンホーテンのココアを買い私の人生に選択肢はない」(雪舟えま)

休憩15分を挟んだ2時間の間、お客さんは最後まで緊張を解かずに言葉に集中しつづけました、、、という定番のものいいはいやです。でも、実際に、ラップが好きな人、ポエムが好きな人に限らず、人にあだ名をつけるのが好きな人、東京に暇潰しをもとめる人に、全てにおすすめです。ただし、優しい言葉が貰えるかは保証しないです。
また、あるといいなとか。次回は女装して参加だな、
と思ったイベントでした。


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「雨の匂い、虹の匂い」を見学して詠む

電流のスパークふせぐ白壁の挽歌になるよう呼ばれた雨よ

隠れて初短歌。

http://flood.jugem.jp/

「雨の匂い 虹の匂い(二)」白井明大さんの日記

感動の余波は思ったよりもずっとおおきくいまゆれうごいていて、もうすこし書きたいので書きます。(仕事しているあいだは止まってた思考が、うごきだしたらやみません)

ここから書くことは、すぎたことかもしれません。
じぶんは批評家でもなければ、短歌のことなどほとんど知らないからです。

ですが、感動してやまなかったからこそ、ふだんであれば黙って胸のうちに秘めておくかもしれないようなことまで、書いておきたくなります。

日本が生んだ定型詩の、いまこの瞬間に歌われている歌たちの、これほどまばゆい姿をみたのは初めてです。

それはとんでもなく、とんでもないものです。

その時、じぶんが何を感じ、いかにこころがそれらに反応したのか、ただよかった素晴らしかった、とだけ書くだけでは、正直、足りないです。精確にじぶんが感じたところを書いておきたい、そうしないと恥ずかしくてしかたがない、といま感じています。

文中失礼がありましたら、ご指摘ください。
また、一部、評論文のつねにならう考えから敬称略の箇所がありますこと、あらかじめ申し上げます。

素晴らしいイベントだったことに感謝を込めつつ。


   ※

ショックをおぼえました。
会のあと、観客でいらしていた詩人のかたが、「今日の短歌には、笑いを含むものが多くあった。なぜだろう」とおっしゃっていて、そこで考えさせられました。たしかに、と。
ユーモアを成すことのむずかしさと素敵さは、自由口語詩でも同じようにいえると思うのですが、長い歴史のある詩歌であるからこそ蓄積された知恵や、積み重ねられてきたものの下支えもあることでしょうが、なにより歌人がその歴史を一身にうけて歌に向き合っているからではと思いました。
笑い。
それ一つとっても奥深さを感じたものです。
これはほんのさわりとして。

   ※

飯田有子さんの短歌は、ことばとことばのせめぎあいを、ひとつの歌で火花散らせる。そのぶつかりあいが凄い。また、だからだろう、五七五七七の音数からはずれる「破調」をなさる。たとえば、五とくるところを「枝毛ねーさん」と七もしくは三とする。というように。
これは、歌こころが音数の決まりを超えてことば・意味・ひいては音韻をとろうとする作用だと考える。似たことが詩であった。近代詩から現代詩への以降だ。五七調という定型から自由詩へ、また文語から口語へ、という飛び越えがそうだ。つまり、飯田有子が抱える歌こころは、ことば同士をスパークさせるのと同じように、音数律と、歌おうとするものとをスパークさせる。
現代詩が自由口語詩を選択したのと同じ種類の志向性を、飯田有子の歌こころはみなぎらせている。

だからだろうか、個人的な印象として、飯田の朗読で光ったのは、自作と、安田倫子の詩、イシダユーリの詩だった。いずれも、たたかいのうたのように感じられた。背筋の伸びた、一歩も退かない女の歌だ。

彼女の短歌を聴いているうちに、凄いショックを受けた。こうもこの人の短歌は、ことばのぶつかり、ずれ、ギャップ、飛躍をなしていると。じぶんは何だろうかと、じわじわと素にもどってきているいま、感じはじめている。凄かった。破調を短歌として成り立たせるものがあるとしたら、自由詩における内在律と同じものだ。つまり、じぶんにとって、この音数が必然である、と高い強度で打ち出すことだ。それを飯田はしている。そこが凄い。おそらく、誰しもが破調で歌えるものではないだろう(詳しくはないから、これは想像だけれども)。なぜなら、音数の決まりを超えた瞬間、それは定型詩である短歌の基礎を失うからだ。いきなり、空中ブランコがはじまるはずだ。じぶんだけをたよりに、決まりのある短歌の外で、自由律の短歌を立ち上げていかねばならない。すべては、己の歌こころひとつによって。

彼女の歌こころは、自由律を求めながら、短歌を必要とする。それが、つよく、可憐で、美しくも凄い。

気になったのは、他の二人の歌人の短歌を読むときだった。自身の歌に込められた批評性は、リーディングでも発揮されていたが、他のかたの歌を読むとき、その声から批評の響きが鳴りをひそめた気がした。そこだけ気になった。飯田の叙情は、まだ隠されていると思った。
(※訂正です。当朗読会で「他の二人の歌人の短歌」を飯田有子さんはお読みになっていませんでした。白井の誤認です。当該パートで朗読なされたのは『林檎貫通式』「わたしたちのはすかいに言うさよならは」(ともに飯田有子作)でした。つつしんでお詫びし、ここに訂正いたします)

   ※

雪舟えまさんの朗読がはじまったとき、空気が変わった。明らかに。
ぴんと張っていた一本線がきれ、ふゆふゆと漂うクモの糸のように定かでなくなった。
逆に、聴くこちらの耳は、どこかへ行ってしまいそうな、きえいりそうな彼女のこえに、耳を懸命に澄ますことをはじめたくなってそうし、ついぞやまなかった。

聴いていて、恋歌と、ふるえる声の、ゆらぐ読みの、アンバランスさとが、フィットしていた。そして、歌を生んだ過去の記憶の再生ではなく、いまここへ、歌がうまれた瞬間を持ってきてみせるように、歌こころのさいしょのかたちをあらわにして見せているような、そんな印象をはっきりと受けた。鮮烈だった。

が。ここでもショックだったのは、歌じたいだった。ぼくが書いている詩と、いま歌われている短歌は、近いか、もしくは同じといいたくなる種類のものだった。それがまぶしかった。恋愛詩をこれまで、いくつもみてきた。でも、短歌は不勉強で、それほど知らなかった。にしても、きっと、雪舟さんの短歌は特別なのではないだろうか。そのゆらぎが、よわさが。ぼくの詩を、「しなやかな、よわさ」と評してくださったかたがいる。そのことばを、とてもたいせつに思っている。
が、どうだ。
じぶんのものとしてだいじに思っていたものが、いま目の前で歌われているのだ。初々しい、そして、鮮やかな歌いあげで。

まぶしかった。焦がれとも、憧れとも、まして羨望とも、違う。

失礼を承知で書かせていただけるなら、双子のかたわれにでも会ったようだった。ドラえもんが、ドラミちゃんをみるようだったのかもしれない。素性のわるい兄が、ま無垢な妹をみるような。そんなだったろうか。

そのまぶしさのなかで、そう僕は知っている、そのまぶしさの中にいる者は、けしてまわりのことなど気にも留めないことを。実際、雪舟えまの歌はそうだった。リーディングはべつだ。このときのリーディングは、外界と接点をもった。だからこそ、ふるえるのだから。歌こころ自体もふるえているが、その無防備な歌こころを無防備なままに歌うところに、雪舟のま無垢さがまたあると思う。

彼女はじぶんの歌を、その歌にだけ誠実であればいいし、それができるし、それをなさっていて、こちらをぶわんぶわん、クモの糸といっしょにふりうごかして不思議な心地よさを享受させてくれた。

ぼくはこの人の歌を聴けて本当によかった。まだ先があること、まだまだまだ上があることに、気づいた。というか、もう、本当に恥ずかしくって、というより、恥ずかしくなる必要もないくらい、じぶんはまだまだほんの入口に立ったか立たないかくらいなのだ。

恋歌の懐の深さを、雪舟えまの短歌に接して、思い知らされた。

   ※

いつのえみさんのことは、1年前からきいていた。友人の詩人ふたりが、彼女のリーディングは鳥肌ものだと、そうぼくに教えてくれた。

その鳥肌もののリーディングを、聴きたい。それが、ここへ足を運んだ、理由だった。

彼女は巫女だ。巫女的資質で、じぶんを器にして、歌こころや詩こころにかぎらず、ふれたものことを変換して、音/こえという空気のふるえにしてかえす者だ。

リーディングを聴いていて、そう感じた。

じぶんの短歌を読むときには、まだ地上に立っているが、他の歌人の歌、詩人の詩を読んだとき、じぶんを消していくようだった。かわりに、こえだけの者となろうとする。ぼくには、そのように映った。

なぜだろうか? 彼女の歌こころの源泉も、その理由と近い場所にあるかもしれない。

いつのえみは、もしかすると、日本語がまだ文字を獲得するまえの、歌い手としての資質をつよく持っているのではないか。文字として書く歌ではなく、こえとして放つ歌に、より近しい存在なのではないか。いまこの文章を書いていて、ふとそう思った。

彼女がじぶんの短歌にだけは、地上につなぎとめられたままでいるように映ったのは、彼女の歌こころが、地上に生きることの悲しみによって生まれたものだからであろうか。その歌をうたうときだけは、生身に返る、というようなことなのだろうか。叙情にすぎるほど叙情という、われをわれにとどめない、なりふりのない叙情の奔流があるのではないか。

(ここは簡単にふれるだけに留めたいことだが、もしかすると、いつのえみの短歌のありようは、散文的かもしれない。短歌をあまり読んだことのないじぶんがはっきりと言えるべくもないから、かるくふれるにとどまるが、飯田さんの歌が音数という点で超えようとしたように、いつのさんの歌は短歌と散文の端境を往来するものでは、と思ったのだ。

これは持論にすぎないけれど、詩というものは、ジャンルの枠からこぼれようとするとき、あたらしいものとして生まれると思っている。いつのさんの短歌が、散文との境で行き来するようであるとしたら、それはどんな歌を輝かせることだろう。そんな空想がふとよぎったので、記しておく。)

その、じぶんの歌、という地上の縛りがない、他の人のことばを読むとき、彼女はおそらく、書かれた文字にとらわれないのだ。否、書かれたことばと、彼女は出会わないで、それらは音となって、いつのえみと出会うのだ。そういうことではないだろうか。

彼女は「うつろう」存在であり、己の身体に存在する以上に、周囲の空気か何かの一部としてあろうとすることを、じぶんの存在のありようとするかのような詩性が、いつのえみのものなのではないだろうか。それだから、あのようなリーディングをするのではないだろうか。

ただ、この夜の彼女には、もうひとつ地上に縛られるものがあった。主催者・企画者などとしての立場だ。
今夜の朗読で、彼女は自らの集中力を最高までに保ち続けるための事前の準備時間を、おそらく十分には持てなかっただろう。
主催者とはそういうものだし、しかも今回のイベントは、きわめて運営自体にエネルギーを費やさねばならない種類のものだったであろうからだ。(このイベントを成功させたこともまた、尊敬に値することだ。ここもまた、強調しておかなくてはならない。本当に、こういうのは大変なことなのだ)。

あくまでこれはぼく個人の印象だけれども、いつのえみさんのリーディングは、おそらく彼女のベストパフォーマンスではなかったのではないだろうか。

そう思ったのは、ある一瞬、ある一瞬に、感じるものがあったからだ。いつのえみのリーディングには、確かに深淵が内包されていることが予感された。

たとえば、安田倫子の詩を読んでいるときの彼女がそうだった。日本語はアクセントが本来自在である。それを彼女は実践した。ひっくり返したように、いわゆる標準語のアクセントから、するっと身をひるがえして、舞うようにことばを発声していく。
安田倫子の詩のリズム、けして一定ではなく、注意深く読むとそこに安田だけの法則があるあのリズムを、いつのえみのこえは、創造的になぞらえていった。

それは、もし1年前に話を聴いていなかったなら、驚嘆しただろうものだった。いきなり、なんのまえぶれもなしにそれが起こっていたら。だが、ぼくは彼女のリーディングがいかに高いものか知っていた。また、上野ポエトリカンジャムのビデオを、わずかな時間だったがみてもいた。

ピナ・バウシュの舞台を観るように、矢野顕子のピアノナイトリーを聴きに行くように、いつのえみの舞台は、観客を惹き込む。ここは強調しておきたい。また聴きたい、と思わされる強烈なものを、こちらから欲したくなるようなこえを、彼女はたたえている。

去年の夏から、沖縄の古い歌や方言、母、祖母祖父おじおばたちの島として、じぶんの血肉にまじってきたものを、詩にしはじめているが、「君の舞う」「月の舞う」などがそれにあたるが、じぶんでは決してこれらの詩を満足にリーディングすることはできない。かつて沖縄は巫女の島だった。それはいまでも少なからずそうだ。

おもろさうしがあり、いまの沖縄がある、その時空の幅をどれだけじぶんが書けるものか、はなはだ怪しい。が、彼女のリーディングにふれたとき、そこに感じたのは、そうした時空の幅を超える可能性を、このひとは持っているんだ、とそういうことだった。

島の浜で、もしこの人がリーディングをしたなら、どれほどの世界がひろがるだろう。そんなことさえ想像したくなる。ぞっとするほど、彼女のこえは、日本の古く古くからある深淵を、いまなお記憶しつづけている。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=251349335&owner_id=440518

「雨の匂い 虹の匂い」 白井明大さんの日記

10月22日の「雨の匂い 虹の匂い」について
詩人の白井明大さんが大変丁寧に書いてくださいました。

転載のお許しをいただきました。
白井さん、丁寧であたたかなご講評をありがとうございました。
http://www.mumeisyousetu.com/

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(1ヵ月後、いま会場となっているこのビルは解体されています、とのことに続けて)

「いまあなたが座っている床も、一カ月後、雨がすどおりします」

と、夕方から降り始めた雨のなかで、朗読のすすんでいく、7人の朗読者(歌人+詩人)のこえがかさなり、連なり、つながり、入れ換わり、立ち上り、していった短歌と詩とのリーディングは、それぞれひとつひとつの作品として立っていながらも、ゆすられゆりうごいて、息のあわさったこえだったからかもしれない、ひとつの長い長い息のもとにつむぎだされていった長歌あるいは連詩のようだと感じました。


来てよかったな、と感じられたのは、会がおわって、じぶんの体のなかにこえの震動やことばの欠片がいくつも折り重なってたまっているようなのを感じたあとくらいからでした。

朗読会に運ぶ足のさいきん重たくもとおのいていたじぶんでしたが、またつぎはいつになるかわかりませんが、この夜の朗読は聴けて得るもののたくさんでした。


ジャンルをこえてひとつのものことをつくろう、なそうとするとき、保守的に傾いてジャンルの垣根のてまえで止まってしまう人もいることを、ぼくは昔した試みの際にじぶんのミスから経験しておりましたが、今年の1月にできた朗読舞台のように、かるがるととびこえては手をむすびあって、ものことを喜々としてつくりあげられる人たちがいるということも知っておりました。

このイベントの出演者・スタッフ・後援者・もろもろのかたがたは、きっとかるがると、まったく意識なんかもしないで垣根をとびこえて、たのしそうに、高温なエネルギーをふりまいていた、そんな印象です。風とおしのいい。

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=251303033&owner_id=440518

「雨&虹」予定プログラム

◇雨の匂い 虹の匂い◇ 予定プログラムです。
まだ少し変更があるかもしれません。どうかご了承くださいませ。
公演は2時間を予定、途中一度休憩が入ります。どこからでもお入りいただけますが、全体が、ゆるやかにですが有機的につながってきます。お時間の余裕をもって、どうぞ最初からお越しくださいませ。
特に、詩人朗読ユニットのワニラのメンバーである、イシダユーリ&小夜の読む「林檎貫通式」(短歌*飯田有子)は、私が最も楽しみにしているプログラムの一つですが初めにあります。
どうぞお見逃しお聞き逃しありませんように。
会場は駅から近いですが分かりにくいので、必ず地図をお持ちください。あれ?って思われるような小さな建物の階段を昇っていただく五階になります。

私はいつも事前にプログラムを公開しないのですが、この会の性質や趣旨がよくお分かりいただけると思いましたので、今回は公開することにしました。

この会は、出演者みなで創りました。私は企画し、最後に構成しただけでです。みなさんの提案やアイディアで思っていた以上の充実した魅力的なプログラムになりました。それに、短歌を読みたいという人が多かったのも、何よりうれしいことでした。
「雨の匂い 虹の匂い」と言うのは、アリストテレスが「雨の匂いを虹の匂い」と言ったことからくるそうです。私がこの会のコンセプトを詩、短歌、朗読を架け渡すもの、架け橋、虹のようにしたいと言ったことを受けて、みなが考えてくれた中からのキキさんの発案で、またフライーヤーデザインもキキさんの手によるのものです。

みなさまのご来場を心よりお待ちしております。


   ◇ 雨の匂い 虹の匂い ◇ プログラム予定


「マス」「オピタエ」    詩・朗読*イシダユーリ 
「ゆうべ夜は」      詩・朗読*小夜      朗読*イシダユーリ
「林檎貫通式」      短歌*飯田有子      朗読*イシダユーリ、小夜
「ふる」         詩・朗読*イシダユーリ  朗読*小夜


「6月の雨」       詩*アスパラガス     朗読*イシダユーリ
「ヒマワリ」       詩*アスパラガス     朗読*キキ
「午後」         詩*アスパラガス     朗読*小夜
「それからの鳥たちは」  詩・朗読*キキ     朗読:イシダユーリ、小夜


「猫になり炎になり」   短歌・朗読*雪舟えま
「日向匂主甘塩短太指命」 詩・朗読*雪舟えま


「ゼリー」        詩・朗読*キキ      朗読*雪舟えま
「紙ピアノ」       短歌*伊津野重美     朗読*キキ
「秋」          詩*雪舟えま       朗読*キキ
「空の名前 魚の名前」  詩・朗読*キキ


「紙ピアノ」       短歌・朗読*伊津野重美
「林檎貫通式」      短歌*飯田有子      朗読*伊津野重美
「アスタリスク」     短歌*雪舟えま      朗読*伊津野重美


「すず」         詩・朗読*小夜      朗読*伊津野重美
「オレンジ」「ふゆいき」  詩・朗読*小夜
「紙ピアノ」       短歌*伊津野重美     朗読*小夜


「点滅している所が何を意味していると思われますか?」「 パントリー#」
             詩*イシダユーリ     朗読*飯田有子
「林檎貫通式」      短歌・朗読*飯田有子
「わたしたちのはすかいに言うさよならは」 短歌・朗読*飯田有子


「ねむるいき」      詩*安田倫子      朗読*伊津野重美
「ねむるいき」      詩*安田倫子      朗読*飯田有子
「紙ピアノ」       短歌*伊津野重美    朗読*安田倫子
「かたちんば」      詩・朗読*安田倫子
「おやすみピロー」    詩・朗読*安田倫子   朗読*キキ
「とけたひ」       詩・朗読*安田倫子
「じょうはつざか 」    詩・朗読*安田倫子   朗読*小夜


      ◇ 「雨の匂い 虹の匂い」 ◇

http://rai-den.s20.xrea.com/x/rain_rainbow2.pdf

       10月22日(日)
開場  16 :30  開演17 : 00
料金  1500円
場所 out-lounge(JR大塚駅から徒歩約3分)03-3987-0087
    http://www.h5.dion.ne.jp/~olounge/map/map.html
朗読  詩人 : イシダユーリ キキ 小夜 安田倫子
     歌人 : 飯田有子 伊津野重美 雪舟えま

小学生未満のお子様のご来場は、ご遠慮くださいますよう
お願い申し上げます。
主催・企画   伊津野重美
お問い合わせ    officepigeonblood@yahoo.co.jp
プロフィール

いつのえみ

Author:いつのえみ
伊津野重美 

第一歌集『紙ピアノ』
1st Album『ひかりの素足』
詩誌『生命の回廊』発行・編集。

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フォルテピアニシモ vol.15
 
~ All can sing ~

http://paperpiano.la.coocan.jp/sing%20html.html

伊津野 重美 朗読

2017年11月3日(金・祝)
12:30 開場/13:00 開演

場所:STAR PINE'S CAFE

前売・予約¥2,500円+1drink
ペアチケット前売・予約のみ
     ¥4500+2drink
当日¥3,000円+1drink
チケット前売発売10月3日より
 前売は店頭販売かweb予約
予約アドレス
https://ssl.form-mailer.jp/fms/f7f014c8172636

STAR PINE'S CAFE
http://www.mandala.gr.jp/

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伊津野重美 1st Album 

『ひかりの素足』
歌人伊津野重美による初の朗読アルバム。
ゲストにチェリスト森重靖宗を迎えて、
宮沢賢治の童話「ひかりの素足」と
日本近代詩の抒情世界を精緻に紡ぐ。

全9曲、48分。定価 2,500+税

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「生命の回廊 vol.3
『えーえんとくちから 
  笹井宏之作品集』特集号」

2011年11月刊行

井口和泉 浦歌無子 
岸田将幸 斉藤斎藤
斉藤倫 樋口由紀子
ひろたえみ 三角みづ紀
ヤリタミサコ 夕暮マリー
伊津野重美

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