dawn chorus

いつのえみのうつそみのゆめ

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インカローズ 

夏至の日には、その力を借りて、気になっていたことに区切りをつけ、また先に進むために、方々にメールや電話で連絡をした。
今年前半は、いろいろありすぎて持ち堪えるだけで精一杯だったが、どうやら上半期中に今年後半の展望を決めることができた。

イベント翌日に仕事以外で予定を入れることはないのだが、少しだけ眠って品川へ向かう。
まだ顔も治っていなく、目も腫れていたので、いつもなら複数の人との予定で私が行かないことでその予定に迷惑や差し障りがないものであれば、自分だけキャンセルさせてもらうところだが、猛烈な忙しさのなかで私と会う時間を作ってくれている人達に会うために、多少顔が見苦しかろうが躊躇はなかった。

品川美術館は好きな場所だ。敷地に入ると、マグノリア系の大きな花びらが落ちていて、その上に泰山木の花が咲いていることに気付く。

大切な人達からのメールの言葉だけもほんとうにありがたく、日々を支えられているが、会って存在を近く感じながら、ただたわいのない話しをしてお茶を飲むだけ、食事をするだけで空気が巡り、何かが交感される。友人達の笑顔を見ているだけで回復してくる自分がいる。
この人達のおかげで濯がれ、自分が許され、存在がやわらく肯定されて強められた。
どうして大変な仕事のなか僅かな間隙を縫うようにして、私と会う時間を作ってくれるのだろうかと思っていたが、お互いに大変ななかだからこそ、水を飲むようにお互いを必要とし、存在を丸ごと受け止めてくれる相手の存在によって、自分の輪郭を確かめているのかもしれない。

話しているうちに雨は、どんどん強くなった。
美術館の3階の踊り場から、普通は見上げることしかできない泰山木の花が雨に濡れているのを夢のように眺めながら、しみじみと喜びを噛みしめる。

またご紹介された方々もよい人達だった。よい人からよい人への輪が拡がってゆくことがうれしい。
日本画家の方は、見事なインカローズ色の人だった。最近なんだか石づいていて驚く。
思いがけない接点やつながりがあって、話しが弾み、私の心身の状態などを心配して、この日を細やかにセッティングしてくれた人も驚きながらも、うれしそうに笑っていてうれしい。
人の笑顔を見て、自分も笑顔になる。

店を変えて何回もお茶を飲み、別れがたく明日また遠くへ旅立ってしまう人を送るために、最後には子供のように3人で手をつないで駅を歩いた。
この時とあの雨に濡れた泰山木の花と、友人が友人に微笑みかけている、その日の清潔で誠実な笑顔をずっと忘れないと思う。
幻想や妄想や欲望にまみれない、真実の〈愛〉というものが確かにそこにはあった。

苦しい日々のなかにも宝物のような美しい一瞬が、ふいに訪れる。

インカローズの石の言葉は、愛、夢、そして情熱…
それぞれの傷が癒え、新しい世界へ勇気をもって進むことができますように。

「ウエノポエトリカンジャム4」

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ウエノポエトリカンジャム4

「詩なんてサイコーだ」

日時:6月27日(土) 11:00 Open 12:00 Start 雨天決行

場所:上野恩賜公園野外ステージ

   入場無料


◇出演ゲスト

馬野 幹
タカツキ
稀月 真皓
服部 剛
猫道
ユーリ
桑原滝弥
伊津野重美(歌人)
カワグチタケシ
Big issue販売員の方
☆ライブペインティング
ハギー・イルファーン
stpe(r)

癒しの石

翌日も、これも楽しみにしていた友人達と会う日だったが、ますます調子が悪化してしまう。船に乗せていただくという特別な日だったために、このような状態で行っては迷惑をかけてしまうかもしれないとナーバスになり、寝る前にも出る時にも何度もあきらめかけ、しかもいったん早めに外へ出たものの、やっぱり駄目と一度戻ったりした。
迷惑を多少かけたとしても、私さえ無理でなければ行かないことの方が、二人の気持ちに反してしまうと思い直し、やっと思い切って出かけることができた。

友人達の顔を見ると安心したのか、嘘のように心配も晴れ、夏至の前の空は明るく、晴れすぎず曇りすぎず、気持ちのよい絶好のクルーズ日和となる。
やはり少し迷惑をかけてしまったが、安心して甘えてもよい人達だったのだと再認識するような心に残る一日となる。
何も圧することなく少しも奪おうとせずに、むしろ与え続けようとし、ただ私が私であることをそのままに許し、受け容れてもらえる人は少ない。
辛いことがあった人達が、元気になって笑っていて楽しそうだったこともうれしかった。
これからもお互いにたくさんの喜びや悲しみがあるだろうが、いつの時も一緒に乗り越えてゆこうと思った。

大切な人をもつことは、ほんとうに幸せで、また、失うことを考えると恐ろしく苦しいものである。
そして、また私が悲しんでいると、同じように悲しんでしまう人がいることが分かったので、なるべくもう悲しまないようにしなくてはいけないと思った。

超多忙であちこちを飛び回っている人が、そのなかで自分と同じかたちのパワーストーンのお守りを用意してくれていて感激する。
明るい光源のようなその人自身のものは「太陽の石」で、もう一人の旅が多い人には、旅や危険から身を守る「勇気の石」が選ばれていた。

私のために選んでもらった石は、初めて手にする緑色の石だった。
邪気を払い、また私の弱い、目や心や睡眠を守るという「癒しの石」…

励ましたいと希望の石を贈った人から、それについてのエッセイをいただいた次の日に、私にも愛情のこもった石のお守りを別の人から贈られる。
人に渡したものは、かたちを変えて還ってくるのだなあとしみじみ感じた。
おそらくは、良いものも悪いものもそれぞれ…

宝物のような一日になる。
友人達の心に救われて、弱っていた心身がまた立ち直ってくる。



入居者たちは「愛」という言葉が面はゆい様子だった。順子がなおも求めると、慎ましやかに、誇らしげに、ある人はすらすら、ある人は口重く、答えてくれた。そうして得られた答えは、巡子には宝物に思えた。男女、家族、師弟、友人や同僚、亡き人、ときには名も知られぬ人とのあいだにも、愛は行き交っていた。そしてほとんどの人が、自分が感謝された経験ではなく、みずからの感謝の想いを口にした。いままで生きてこられたこと、いまここにいられること、これまで支えてくれた人たちへ…ありがとうございましたとくちにした。そのつど、巡子は、感謝の言葉は、告げられた当人へ何倍ものかたちで返されるに違いないと信じられた。 
                         (「悼む人」 天童荒太)

六月に入ると、そこでは蛍が玄関先に訪れ、亡くなった人が還ってきたと、ご家族は喜ばれたそうだ。
激しい動乱が静まってくると、それよりももしかしてよくないかもしれない冷たい場所に私は沈み始め、最近特に心が弱り、亡くなった弟のような人といつも手をつないで歩いているような気がし出した。

そんななかで、親しい友人と会う予定が続くのをひたすら楽しみに過ごしていたものの、その直前に少し調子を崩してしまう。当日朝も知らない間にまた足から血が出ているなどして、あきらめかけたが、ぼろぼろな状態でなんとか駆け付ける。ご家族を亡くされたばかりの人の身が心配で、どうしても会いに行きたかったのだが、顔色の悪さにこちらが心配をされてしまい情けない。

私も登場しているという新作の短歌の一連を見せてもらうと、ご家族を亡くしてゆく様子が描かれていて、思わず涙がこぼれた。けれども、おそらくは短歌にできたことは、よいことなのだ。
短歌は、辛い時、悲しい時にこそ、人の心を鎮めかたちにしてくれる、もっとも適した詩形と思う。

私の誕生日のための可愛らしい黄色いアレンジメントの花をいただいてしまう。
私は、つい人に贈る時にも、白や水色、入って淡いピンクかなどの寂しい花を選んでしまうので、前に人の結婚のお祝いに、ほとんど白い花ばかりを選んでしまい花屋さんが首を傾げ、別の花を勧められたことがあった。お祝いには、どんなお花を贈るのかを訊くと、黄色やオレンジと言われ意外な気がした。赤やピンクかと思っていたのだが…
黄色やオレンジの花のブーケは、光や太陽を思わせ、人の幸せを祈る花なのだそうだ。

闇をゆくその人が無事に帰って来られるように私が贈った希望の石について書いてくれた最新号のエッセイには、私のことをソウルメイトと書いてあった。。何よりの贈り物になる。

自分が暗い淵を歩きながらも、私のことを思ってくださる気持ちに感謝する。心も体もうまく動けなくなっていた私の心にも、優しい人の手によって灯される小さな光…

亡くなった友人のために何ができるかと考え、自分にはたしてできるか果たせるだろうかと迷っていたことを踏み出す決心をする。
微力な私に力をお貸しください。



 生きていても、だんだん死んでゆく。大好きな人が死ぬたびに、次第に死んでゆく。
 死んでいても、まだ死なない。大好きな人の記憶の中にあれば、いつまでも死なない。

  (「どこから行っても遠い町」  川上弘美)

『グラン・トリノ』 

最近のクリント・イーストウッドの作品は、どれも瞠目するほどの素晴らしさだった。
『ミスティック・リバー』『ミリオンダラー・ベイビー』『硫黄島からの手紙』『チェンジリング』と、どれも目を背けたくなるほどの激しい暴力と殺人に満ち、人間のどうしようもない暗部を見据えながらも、この理不尽な世界で生き抜かなければならない人間への大きな愛に満ちている。

この『グラン・トリノ』は、役者として監督としてイーストウッドの最高傑作ではないだろうか。彼自身の生き様と、強く、けれども、静かなメッセージが打ち出されている。
人間は、かくも浅ましく酷くも、限りなく優しく崇高にもなることができる。

「どのように生き、この世界に何を遺すのか」と突き付けられている気がした。
 
グラン・トリノ』は、上半期終わらずにして、私の今年のムービーナンバー1となる。



1.人は不合理で、わからず屋で、わがままな存在だ。
  それでもなお、人を愛しなさい。

 (『それでもなお、人を愛しなさい―人生の意味を見つけるための逆説の10カ条』 
                          ケント・M・キース)

『身体が「ノー」と言うとき』

読み始めるや身につまされ、涙が出てきてなかなか読み進められなかった『身体が「ノー」と言うとき 抑圧された感情の代価』をようやく読了する。

私の周りも繊細で心優しい人ほど自分に厳しく、世界の理不尽や家の不幸を一人で負ってしまい、我慢し過ぎて自罰的ですらあり、その結果心身を痛めている人が多くいるように見える。
思い当たる人は、この本を読んで自分を許し、かけがえのない自分を愛おしんでほしい。
そして、どうぞ死なないで。
天寿を全うしてください。



 治癒のための7つのA

1 アクセプタンス(Acceptance)― 受容
  物事をありのままに認め、目の前にある事実を受け容れること。
  自分は価値がない、「いい」人間でないという深く刻まれた思い込みを問い直す。

2 アウェアネス(Awareness)― 気づき
  「真実を知る力」を取り戻す

3 アンガー(Anger)― 怒り
  怒りを怒りとして感じることは治癒を促す

4 オートノミー(Autonomy)―自律
   自律とは、私たちを支配するこの内奥の中核を成長させること

5 アタッチメント(Attachmennt)―ふれあい
  あらゆる怒りの裏には、満たされない願い、誰かと本当に結びつきたいという願い    
  がある。 

6 アサーション(Assertion)―主張
  自己の存在そのものの表明、自分に対する肯定的な評価

7 アファーメイション(Affirmation)―肯定
    われわれの内にある生命力を表現すること
    自分は孤立し、ひとりぼっちで誰ともつながっていないと決めかかるのは有害
    病気を治すには、魂の束縛を取り払わなければいけない


健康は、からだと心と魂のつながりという三本の柱に支えられているバランスがくずれて、病気(disease)つまり安楽でない状態(dis-ease)を招く

「ミルク」

マイナリティーが罪人のように扱われていた時代に、ゲイをカムアウトした者としては初めて政治的公職についたハーヴェイ・ミルクの実話をもとにした『ミルク』を観る。

迫害する人や不正から、人権や自由や命を守ることに闘わなければならないのが悲しい。
ただ自分が自分であり、自分の大切に思う人を大切にしたいだけであるのに、なぜ人から撃ち殺されなければいけないのか。

主演のショーン・ペンが、とてもよかった。
家の近くで夜道を後ろに人が歩いているだけで、脅えてしまうところなど細やかに描かれていて切ない。
これに近い差別と迫害は現代でも、いつも身近に起っている。
そして、未だに女であるだけで殺される国もある。

どうして人は人から、こんなにも奪いたいのだろう。

一方、身を捨て命を捨てて、大切なものを守ろうとする勇気ある者達がいる。



6 最大の考えをもった最も大きな男女は、
  最小の心をもった最も小さな男女によって撃ち落されるかもしれない。
  それでもなお、大きな考えをもちなさい。

 (『それでもなお、人を愛しなさい―人生の意味を見つけるための逆説の10カ条』 ケント・M・キース)

『悼む人』

悼む人

家族との確執とトラウマからの人間回復と救済をテーマに、全身全霊で人間と命の問題にがっぷり取り組んできた寡作な作家が7年を籠めて書いたということに励まされ、またその厳しさに打ち据えられる。

作中に出てくる悼む人のように私も幼い頃より、救急車のサイレンが鳴ると、無事であるように祈っていた。おそらく作者自身も、苦しむ者、病む者を見過ごすことができない習性をもつのだろう。

「永遠の仔」の執筆段階では、精神の傷をもつ登場人物に感情移入するあまり、自らも心身に変調を起こしたということをインタビューで話しているのを聞いた。
その膨大にして綿密な創作ノートには、キャラクター設定や心中の想像を越え、虐待を受けて育ってきた主人公になり代わり、自分のことを「汚い。汚い。私は汚れている。」などの言葉が、書き殴られていて驚愕した。

その後、かってに胸を痛め心配をしていたが、「悼む人」で直木賞受賞がうれしく、またそのスピーチが、常になくユーモアに満ちたもので、なんだか救われた。

「永遠の仔」を読み進めていた時には、これだけの規模と深さのテーマをもちながら、なぜミステリーの方にいこうとするのか納得ができなく、もどかしい感じがしたが、すぐに理解した。
純文学は読者を限ってしまう。作者は、おそらく、暴力や命の問題を多くの人に伝え、訴え、考えさせるために、この手法をわざと選んだのだ。

いろんな場所で魂の仕事をしている人がいる。



当時のわたしたちは、愛ということを、男女の関係か、家族の愛情に限定して考えていたからです。でも、その人の質問で、親友が生きていたことが愛だったのだと思い当たりました。

                  (「悼む人」 天童荒太 文藝春秋)

茂泉朋子さん『かばん』今月の一首 転載

伊津野重美 歌集「紙ピアノ」  風媒社 2005年

ラベンダーは種から香ることなどを太平洋を挟んで話す

伊津野重美の言葉は精緻で鋭利だ。短歌が文字として表現される時も朗読される時も、ブログなどで綴られる短歌以外の言葉についても同様である。その妥協を許さない真摯さは、危篤状態を経験するほどの健康状態や作品から伺える肉親との軋轢と絶えず向き合ってきた生育歴から、必然的に伊津野が身につけてきた生への真剣さであろう。二〇〇五年に上梓されたこの第一歌集も、漫然とした読みを許さない緊張感にあふれている。
 歌集全般を通し、病身との葛藤と生きる意志が歌われている。ひりひりするような短歌の数々は、それだけでも十分な力をもって読み手に迫る。しかし、もしそれだけであったら,この歌集は自らの痛みを吐露し昇華するという、筆者自身の癒しの過程としての役割しか担わなかったであろう。それでは伊津野の歌集や朗読が多くの人に希求されるものにならなかったはずなのである。
 掲出歌は『紙ピアノ』の中にある歌としては、右記のようなテーマからやや離れた視点で歌われている。上句の、ラベンダーの種子という生命の始まりがすでに固有の香をもつという気づきから、下句の太平洋を挟む対話へ。微視から地球規模への視点の広がりと、嗅覚から視覚への感覚の転換があり、主体と対話の相手との、距離を越えた結びつきが感じられる。極限に近い思いが綴られた歌集を読み進める中で、このような歌には、世界と他者をしっかりと受け止めた肯定感がある。苦しさに溺れることなく己の外界を愛する力。それが伊津野の短歌を、万人に響く祈りとしているのである。

                     茂泉朋子 『かばん』 2009年5月号

botanical garden

植物園は平日でありながら、爽やかな陽光と薔薇と芍薬と遠足の時期が重なり、長年通っている、そこでの最もにぎわいにあたってしまった。それでも、広々としていて気持ちがいい。

文鳥が死んでしまった時には、いつまでもめそめそしている私を母がそこに連れ出してくれた。その時には青いガクアジサイの苗をそこでもとめ、庭に埋めたその子の上に標がわりに植えた。私が好きなブルームーンという香りのよい青紫の薔薇もそこで買い、しばらくは庭に咲いていたが、今は枯れてしまったようだ。

今回の花時計は、青い小花になっていた。
薔薇のアーチをくぐると薔薇園になり、薔薇園のむこうに芍薬園がある。
薔薇や芍薬の他に、睡蓮やポピー、ネモフィラ、スイカズラなどが咲いていた。
たくさんの花の香をかぐ。緑も目にうつくしい。
鳴き声で顔を上げると、カワラヒワの子が餌をもらっているのが見えた。

私は子供の頃は、木の下を通って通学するだけで全身がかぶれてしまい、夏の間じゅう苦しんだ。やはり薔薇の下を通っただけで毛虫にまけてしまった時は重症で、解毒の注射を打たれた。皮膚も骨も心身も弱く、およそこの世界に適合できないように生まれついて、よくここまで強くなり、長持ちしたものだ。感謝しなければ。

今は連れている母が、すっかり小さくなった。
あとどれぐらい一緒に来ることができるだろう・・・



「人が生きていく時、力になるのは何かっていうと、―〈自分が生きてることを、切実に願う誰かが、いるかどうか〉だと思うんだ。―人間は風船みたいで、誰かのそういう願いが、やっと自分を地上に繋ぎ止めてくれる。―」 

                             (北村薫『ひとがた流し』)

希望の石

ご家族を亡くしたばかりの人と、図らずも入ったお店が密室めいて、ゆっくりと静かに話すことができた。

博識な人は、サガンの斧の話を教えてくれた。
斧を持って磨いているだけでは駄目なのだと、木こりは木こりの仕事をしなくてはならないのだと…
そして、その磨かれた斧を木こりの仕事をするために使うのでなく、人に振り回す者も多いことも話した。
そのようなことをしてしまう者は、自身の醜悪を認めることをしない。それゆえに、繰り返す…

斧は、自分に向けて打ち込むのだ。
自分の魂の結晶のようなものを切り出すために。

悲しいことや辛いことの多い話になったが、それでも、心が開く感じがする。
天上のルールのようなところに従って生きている人は、目先の瑣事や利己心によって目が曇っていないので、ただ物事を真っ直ぐに見て、忌憚なくほんとうのことを話すことができる。

大事な友人が、亡くなって教えてくれた。
ほんとうに大切なものは、ごくわずかであることを。
これからはできるだけ、ほんとうに大切なことと大切な人のために、限られた自分の時間と命を使いたい。

いま恐ろしい喪失の苦痛と闘って弱っている人に、アマゾナイトの石でできた小さな花の蕾のかたちのブローチを贈る。
アマゾナイトは、別名「希望の石」・・・

無事に暗い森を抜けて、早く帰って来られますように。



   人間は自分にたいして柵(しがらみ)を設ける。

         (ラビンドラナート・タゴール 「迷える小鳥」 七九節)

魚村晋太郎さんより砂子屋「一首鑑賞」!

砂子屋書房の「一首鑑賞 日々のクオリア」にて魚村晋太郎さんに、私の『紙ピアノ』よりたんぽぽの短歌を取り上げていただきました。

魚村晋太郎さんのような達人に丁寧に深くお読みいただき、このように書いていただき光栄です。。
ありがとうございました。



魚村晋太郎さんの名作『銀耳』と『花柄』は、近々売り切れると思います。
まだお持ちでない方は、ぜひ入手されますことをおすすめいたします。

ひぐらしひなつさん『紙ピアノ』評

ひぐらしひなつさんが、〈さざめきたてるきみの叙情の〉において、私の歌集『紙ピアノ』評を書いてくださいました。
ありがとうございました。

とてもとてもうれしいです。
感謝を。

東直子さん「生きていけるよ」

東直子さんが、3月1日の毎日新聞の連載「愛の歌を読む」で私の短歌についても触れてくださった文章は、東さんらしい温かなもので、私の短歌を受容されただけでなく、私という人間までも肯定し、掬い取っていただけたようで感激だった。
ほんとうにありがとうございました。
私の短歌は、読売新聞のインタビューで小屋敷晶子さんも引いてくださったものだった。

一緒に引かれていた伴風花さんの歌は、若い女性が恋人を思う瑞々しい透明な愛に満ちたもので、東さんの作品は、母になった人の大きさ温かさから、 幼い人への呼びかけでもあり、 幼かった自分自身にも呼びかけているようで、母と、かつて子供だった自分へのふたつの視点と気持ちがあり、人間全体に呼びかけているような包容感と愛がある。
一方の私の歌は…愛をなくした幼い女の子のままで、ずっと泣きながら闇のなかで歳を取ってしまったようだ。
それでも、そんな私でも、「大丈夫だよ。そんなとこでいつまでも泣いていないで、こっちにおいで。」と優しく手招きされ、きれいな笑顔に、ふうわりと抱き取られた気がした。

東直子さんは、『ゆずゆずり』を出されたばかりです。
ご活躍うれしく思います。


   ちちはは
   父母をすきでなくとも生きていける生きていけるよ階段おりよ  東直子

三角みづ紀さんよりご紹介

詩人の三角みづ紀さんより、私の朗読と『紙ピアノ』についてご紹介いただきました。
ありがとうございました。
三角さんは、中原中也賞、現代詩手帖賞を受賞されている大型若手詩人で、第一詩集『オウバアキル』より、詩集もライブも凄い!かっこいい!!と注目していて、大好きでしたので感激です。。。

三角みづ紀さんは、ライブやトークなどのご出演も多いので、こちらもぜひチェックしてご覧ください。

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重美さんとはアピアの溶鉱炉で競演させていただき
一緒に観ていた、普段は朗読には興味のないひとが
「すごい・・・」
と、それ以降、声を失っていて
わたしはそのステージを観てガン泣きして

よのなかのあらゆる腐敗したものを直視した上で
「信じる」ことができる

と思います


伊津野重美さんの歌集「紙ピアノ」の


わたしにはなんにもなくてわたしにはこわいくらいになんにもなくて



病み果ててなお許さずに父母が小さき私をがつがつ喰らう



思い出が残照である坂道を抱いてゆきます 腕をください


わたしが文章とか書きはじめるまえに重美さんの短歌を読んでいたら
そらおそろしくて文章なんて書けなくなっていただろうなとおもう

ほんとうの痛さや困難をしっているひとはほんとうに優しい


文章書く方やステージに立つ方は
ぜったいに一度は重美さんの発することばに触れて
挫けなければならないとおもうのでした

最後だとわかっていたなら

花粉症が来て、春一番も吹き、気づきました。
どうやら春になったようですね。 

たくさんご心配をおかけしてしまったようです。ごめんなさい。
私は大丈夫です。

ありがとう。
感謝を☆

Happy Valentine's Day !



そして私達は 忘れないようにしたい

若い人にも 年老いた人にも
明日は誰にも約束されていないのだということを
愛する人を抱きしめるのは
今日が最後になるかもしれないことを

明日が来るのを待っているなら
今日でもいいはず
もし明日が来ないとしたら
あなたは今日を後悔するだろうから

微笑みや 抱擁や キスをするための
ほんのちょっとの時間を どうして惜しんだのかと
忙しさを理由に
その人の最後の願いとなってしまったことを
どうして してあげられなかったのかと

だから 今日
あなたの大切な人たちを しっかりと抱きしめよう
そして その人を愛していること
いつでも いつまでも大切な存在だと言うことを
そっと伝えよう

「ごめんね」や「許してね」や「ありがとう」や
「気にしないで」を伝える時を持とう
そうすれば もし明日が来ないとしても
あなたは今日を後悔しないだろうから
     
(「最後だとわかっていたなら」部分  作 ノーマ コーネット マレック  訳 佐川 睦)

一生に一度

大切な人が亡くなったことを電話で知る。

私達のような病身の者にはインフルエンザは毎年の脅威で、その年を生き残れるかどうかの試練なのだが、今年はいつも以上に恐れていた私ではなく、最も若く才能のある人を連れて行ってしまった。
代われるものなら代わりたいと思うのも、おそらくは不遜であろう。

電話やメールでは、他の誰にも話せないという恋愛や苦しい闘病の話までしてくれた。
大切な友人だったが、お互いに遠く離れている病身で、ここで頑張らなければ会うことができないかもしれないと思い、一昨年の九州公演の時と第一歌集「ひとさらい」の批評会に、無理して会いに行った。

初めて会って別れる時に、もう会えないかもしれない・・・と、帰りかけた身を引き返し、「負けるな。生きてゆけ。また会おうね。」という思いで抱きしめると、無口でシャイな人が思いがけず、大きな細い体で強く抱きしめ返してくれた。

私にも「生きてゆけ。」と、全身で言ってくれたのだ。

ありがとう。


*
 
        一生に一度ひらくという窓のむこう あなたは靴をそろえる

                                  笹井宏之
                       

高見澤美津江さん樹海賞

昨年は、親しい友人知人におめでたいことが続いたが、最後に届いたうれしいお知らせは、高見澤美津江さんの三回目の樹海賞受賞だった。
「樹海」では三回の最優秀賞受賞で、応募を辞退することになるという。別格になるのだろう。小さな結社のなかでの賞とはいえ、高見沢さんは、ご自分の目で歌集を読まれたことが一度もないのだ。他者のものも自分のものも…
計り知れないご苦労が報われたことに、うれしさで涙が出た。

私が高見澤さんと出会ったのは、ネット上の短歌のフォーラムだった。
高見澤さんには精神の気高さのようなものが強く感じられ、ほとんどが短歌で遊んでいるような他の人達とは全く違う深みをもっていて、すぐに友人になった。
もともと目がお悪かったようだが、成人してから視力を失われた絶望のなかで短歌に出会われた。
パソコンの音声を頼りに短歌を作られていて、私ともメールで話した。
 
その頃にちょうど歌集を作りたいと思っておられて、校正などを手伝ってほしいとのお話があった。何かお役に立てることがあったら言ってくださいと私から申し出ていたことであったが、歌稿を読ませていただいて愕然とする。失礼ながら、まだ定型にも収っていないものがほとんどだった。

目の不自由な方にこのようなことを言っていいのか随分逡巡したが、高見沢さんの毅然とした強さや深いお人柄が既に分かっていたので、記念文集にするつもりか、それとも、歌人として歌集として世に出すつもりですか?と迷った末に訊ねてみた。
真っ直ぐに向き合うことが、私なりの誠意だった。
趣味の記念文集のつもりならば、ただ誤字などの校正に徹するだけにするつもりだったが、歌集にして出したいとのことで、今のままでは短歌になっていないことをお話して、まずは少なくとも短歌の形にするように直させていただいた。
私の心身の状態は今よりも悪い状態で、お互いに泣きながらの苦しい作業だった。また、高見澤さんに短歌を紹介し、歌を見ていらした先生との兼ね合いもあり、高見澤さんは板挟みになるようなこともあり、お辛かっただろう。私の言ったことで高見澤さんがどんなに頑張って推敲しても、私が直しても直しても、第三者の手によって、また悪いふうに戻されてくることも多々あり、私もがっかりすることも少なくなかった。
けれども、幼い頃からの苦難が鋼のように高見澤さんを鍛えていて、乗り越えてくださった。そこで生まれたのが、第一歌集『風を握る』になった。
私家版だったその歌集は今、日本網膜色素変性症協会で販売されていて、私などが直す余地もなく、とてもよいと思っていた後書きは、すぐに看護学生のための教科書にも使われたそうである。

その後、高見澤さんは短歌結社「樹海」に入り、研鑽を積まれていた。私もネット上で見かけて短歌を今も送り続けている。目の不自由な高見澤さんには、圧倒的に情報量が少ないのだ。朗読ボランティアの方々も短歌などの詩歌は、読むのが難しいそうで、歌集の音源が少ないのだそうだ。

私が第一歌集を出すのを高見沢さんは、楽しみに待ち望んでくださっていた。
けれども、ようやく刊行ができて、お送りしても読むことができないのだ。
私が持参して読むことができるといいと思ったが、それはいつになるかも分からず、すぐに手にしたいとのことでお送りすることにした。

私の『紙ピアノ』が御許に届いた日に高見澤さんからお電話があった。
高見澤さんには決して見ることがない写真が、たくさん入っていることを申し訳なく思ったが、その一枚一枚を手で「見て」くださっていた。
「最後に挟んである花びらのようなものは、なんですか?」とお訊ねがあり、胸が詰まった。
私から差上げる『紙ピアノ』には、最後の方のページに挟んでいるものがある。小さいそれには、健常者でも気が付かない人もいるだろう。
それに高見沢さんは気づいたのだ。それは手にしてすぐに最後まで1ページ1ページを手でたどって見てくださったということだった。一刻も早く「手にしたい」とのお気持ちがよく分かった。
私は、ご家族が荷を開き、一緒に写真の説明などを受けたり、読んでもらったりするものと思っていたが、高見澤さんはご自身一人で私の歌集を読んでくださっていたのだ。
そんなにも私の歌集を心待ちにし、読めないページをも愛おしんでくださったお気持ちに胸が熱くなった。
『紙ピアノ』の紙を選んだ時に、柔らかい紙にしてよかったと思った。

歌集を出す前に一度だけ、高見澤さんにお会いしたことがある。私も出演するマラソン・リーディングにいらしてくださったのだ。
その日にいらしてくださることは知っていたが、私はその日に高熱を出すなどしていて、自分のことで精一杯で、会場で人を探す勇気と気力が出なかった。お連れのご子息から声をかけられ、隣の婦人が高見澤さんと知って驚く。
その人は実に毅然と身を律しておられて、とても目の不自由な方には見えなかった。
その強さに、ああ…高見澤さんだと思った。
お手を取って、私の髪と顔に触っていただくと、高見澤さんも「ああ。」と声を発した。

その後も私は、なかなか高見澤さんに会いにゆけないでいるが、故郷のない私に、自分のいる奥信州を故郷と思ってください。いつでも来てくださいと言ってくださっている。
私には心の故郷がたくさんあって、そこにはいつも懐かしい人が、私を待っていてくれている。

               
    ゆきあいの里
                    高見澤美津江

ガラス戸を拭きいる布にぷつぷつと汚れの触れ来あすは盂蘭盆

菊ききょう活けたる花瓶抱く肘を扉にあてがいて奥の間に入る

擂りおきし胡桃のかおり探しゆく点字のラベル貼るを忘れて

「見えんでもなんとかなるら」終の日の舅の呟き ほつれをかがる

マラソンの優勝選手のインタビュー夫が字幕を読みてくれたり

録音の「樹海」届きぬパソコンのファイルにつづる英一の歌

ひと時を白杖放し草原のわだちを辿る両手振りつつ

手にさぐり野沢菜をまく足もとの早冷えてきぬ五畝終えて

ツーツーピー山がら一羽立ち枯れのひまわりの種ついばむらしも

音声をたよりブログにアップする信濃に暮らす折ふしの短歌

PHOTO 「フォルテピアニシモ vol.3 涯の歌」

ご来場くださいましたみなさま
お力をお貸しくださいましたみなさま
遠くから応援くださいましたみなさま
そして、STAR PINE'S CAFEのみなさま

ほんとうにありがとうございました。
感謝を。

また来年きっとお会いしましょう!

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  「フォルテピアニシモ vol.3 〜涯の歌〜」

朗読 伊津野重美 
cello mori-shige  

写真 岡田 敦
宣伝美術 武田美月
記録 田中 流
企画・制作 赤刎千久子
構成・演出 伊津野重美

会場 STAR PINE'S CAFE

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                            撮影 田中 流

わかなさんの私信より「フォルテピアニシモ vol.3」

雪が降っているのを・・CQCQ応答せよ、で、涙が溢れそうになりました。
そういう都会の孤独を分かち合える人が、同時にえみさんの歌に共鳴しているような、
そんな気がしました。

それと、宮沢賢治の詩もよかったです。
ほんとうに、心にしみる言葉をきいて、満ち足りた気持ちになりました。

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プロフィール

いつのえみ

Author:いつのえみ
伊津野重美 第一歌集
『紙ピアノ』(写真 岡田敦
/風媒社)上梓しました。

感想やメッセージを
いただけましたら幸いです。
サイトpaperpianoにも
どうぞいらしてください。

♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪

伊津野重美ソロライブ
「フォルテピアニシモ vol.4」

2009年秋 公演予定!

吉祥寺STAR PINE'S CAFE

詳細は後日発表

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